ヤン・ホッサールト

ヤン・ホッサールト：フランドル・ルネサンスの巨匠

ヤン・ホッサールト（Jan Gossaert、1478年頃 - 1532年10月1日）は、フランドル出身のルネサンス期の画家です。モブージュ生まれで、通称「ヤン・マビューズ」として知られています。若年期の詳細は不明な点が多いですが、製本職人の息子でモブージュ修道院で修行したという説や、ドゥールステーデ城で生まれたという説もあります。

1503年にはアントウェルペンの聖ルカ組合に加入。その後、1508年または1509年にはローマへ旅行し、イタリアの芸術に触れています。1509年から1517年まではミデルブルフの芸術家ギルドに所属。カレル・ヴァン・マンデルの『画家列伝』によれば、イタリア様式をフランドルに紹介した初期の画家の一人であり、歴史的寓意に富んだ裸婦像もフランドルにもたらしました。

1517年から1524年までは、ドゥールステーデ城の宮廷画家として仕え、ヤン・ファン・スコーレルを弟子に持っていました。その後、ミデルブルフに戻り、ネーデルラント提督アドルフの宮廷画家となります。

ホッサールトの画風と代表作

ホッサールトの絵画は、初期フランドル派の巨匠ロヒール・ファン・デル・ウェイデンやルーカス・ファン・レイデンの影響を強く受けています。特にファン・デル・ウェイデン作品に見られるような、建造物を背景とした構図が多く見られます。アントウェルペン時代には、ハンス・メムリンクの鮮やかな色彩感覚、ファン・デル・ウェイデンの鋭角な衣裳表現、クエンティン・マセイスの人物描写など、多様な画家の影響が融合した独自の様式を確立しました。

代表作の一つに、『東方三博士の礼拝』があります。この作品は、ロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されており、黒人を描いた初期の西洋絵画の一つとしても知られています。建築物を背景に、30人前後の人物が、想像力に富んだ装飾品を身につけ、重量感あふれる表現で描かれています。人物配置は定型的ですが、煌びやかな衣装と派手な色彩構成は、観る者を魅了します。背景には、ファン・デル・ウェイデン作品のような遠景の塔や尖塔が描かれており、両者の影響が見て取れます。

また、カースル・ハワードに所蔵されている大型三連祭壇画も、アントウェルペン滞在中に受けた画家たちの影響をよく表しています。

イタリア留学は、彼の画風へ大きな変化をもたらしました。レオナルド・ダ・ヴィンチ風の絵画から、寒色系の色彩と洗練された表現を学び、ネーデルラント絵画に新風を吹き込みました。このイタリア留学は、後のフランドル派の画家、ルーベンスやヴァン・ダイクらのイタリアへの留学へとつながる重要な出来事となりました。

ホッサールトは、ギリシア・ローマ神話の神々を描いた『ネプトゥヌスとアンフィトリテ』、聖母子像、そして「聖母子の肖像画を描く聖ルカ」といったモチーフの作品も残しています。晩年の作品には、ミラノの画家の技法であるスフマートの影響が見られますが、明るい色彩感覚と明確な輪郭線は、生涯を通して変わることなく保たれています。

晩年とその後

1523年には、デンマーク王クリスチャン2世の依頼で、王妃イサベラや子供たちの肖像画を描いています。この肖像画は、後にイングランド王ヘンリー7世のコレクションに加えられたとされています。現在ハンプトン・コート宮殿に所蔵されている三人の幼児の肖像画は、長らくヘンリー7世の子と信じられてきましたが、実際はクリスチャン2世の子であるという説が有力です。

晩年はミデルブルフを拠点に活動していましたが、ユトレヒト大司教フィリップの宮廷画家としてドゥールステーデ城でも過ごしました。フィリップの死後、ヴァイク・バイ・ドゥールステーデの教会に設けられたフィリップの霊廟を設計・建築するなど、多才ぶりを発揮しました。

カレル・ヴァン・マンデルは、ホッサールトの放蕩な生活ぶりを記していますが、彼の卓越した技量にも触れています。金糸銀糸の衣服を身につけ、豪奢な生活を送っていたという記述もあります。しかしながら、現存する作品の数や、娘の結婚といった事実から、彼が常に浪費にふけっていたわけではないことが分かります。最終的にはアントウェルペンで没したとされています。

ヤン・ホッサールトは、イタリア・ルネサンスの影響を受けながらも、フランドルの伝統を踏まえた独自の画風を確立した、重要な画家でした。その生涯と作品は、16世紀フランドル絵画史において重要な位置を占めています。

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