カレル・ヴァン・マンデル

カレル・ヴァン・マンデル：画家、詩人、そして美術史家

カレル・ヴァン・マンデル（1548年5月 - 1606年9月2日）は、フランドル地方（現在のベルギー）出身の画家、詩人であり、その名を後世に知らしめたのは何よりも美術史家としての功績です。北方マニエリスム様式を代表する画家として活躍した一方、200名以上の画家たちの生涯と作品を記録した画期的な伝記『画家列伝（Schilder-boeck）』を著し、後の美術史研究に多大な影響を与えました。

華麗な生涯：多様な才能と経験

貴族の子弟として生まれたヴァン・マンデルは、若くしてヘントの画家ルーカス・デ・ヘーレに師事し、その後もピーテル・ヴレリックら著名な画家のもとで研鑽を積みました。画家としての活動に加え、宗教劇の執筆や舞台装置の制作にも携わり、多才ぶりを発揮しました。

20代の頃にはローマに滞在し、そこでカタコンベの発掘にも関わったと伝えられています。ローマ滞在後、ウィーンに立ち寄り、彫刻家ハンス・モントと共に神聖ローマ皇帝ルドルフ2世のための凱旋門制作にも参加しました。その後、ハールレムに移り住んだヴァン・マンデルは、20年に渡り、有力者たちの美術コレクションの目録作成を依頼され、この経験が後に『画家列伝』執筆の基礎となりました。ハールレムでは、自身も画家として活動を続け、歴史絵画を中心に作品を制作しました。晩年は『画家列伝』の校正作業に専念し、1604年の出版を目前にアムステルダムで没しました。

ハールレムにおける活動：マニエリスム運動の中心人物

ハールレムでヴァン・マンデルは、美術学校の創設にも関わったと考えられています。この学校は、現代の美術学校のような形式ばったものではなく、画家たちが集まり、互いに学びあい、意見交換を行う、自由な雰囲気の場だったと考えられています。

当時既に名声を得ていたヴァン・マンデルは、オランダ芸術界に大きな影響を与えました。北方マニエリスムを代表する画家、バルトロメウス・スプランゲルの作品を友人であるヘンドリック・ホルツィウスに見せたことが、ホルツィウスの画風、ひいてはマニエリスムの普及に大きな影響を与えました。ヴァン・マンデル、ホルツィウス、コーネリス・ファン・ハールレムは「ハールレムのマニエリスム」の中心人物として知られ、このグループはオランダ各地の芸術家たちに大きな影響を与え、芸術運動へと発展していきました。

ヴァン・マンデルは自身の自宅で若い画家たちと共に絵画制作を行い、古代ギリシャ・ローマ神話研究を通して、伝統的なキリスト教絵画から古代神話絵画への転換を後押ししました。正確な絵画技術の習得と、「芸術分野のヒエラルキー」の尊重を重視し、弟子たちを指導しました。彼の作品にはマニエリスム様式の古代神話絵画、肖像画、風俗画などがあり、現存する作品数は多くありませんが、後世の画家たちに大きな影響を与えました。

『画家列伝』：美術史に残る画期的な伝記集

カレル・ヴァン・マンデルの最大の功績は、美術史に多大な影響を与えた『画家列伝』の執筆です。1604年に出版されたこの書物は、250名以上の画家たちの生涯と作品を詳細に記述し、当時の画家たちにとって貴重な芸術論としても機能しました。

ヴァン・マンデルは、イタリア滞在中にジョルジョ・ヴァザーリの『画家・彫刻家・建築家列伝』に感銘を受け、それを参考に『画家列伝』を執筆しました。ヴァザーリの著作をオランダ語に翻訳する過程で、ハールレムの美術コレクションの目録作成にも携わり、この経験が『画家列伝』のネーデルラント出身の画家に関する記述に反映されています。

『画家列伝』は、単なる画家たちの伝記集にとどまらず、古代神話や象徴表現についての考察も含まれており、当時の芸術観を理解する上で重要な資料となっています。ハールレムという、宗教改革とスペインとの戦争による混乱から復興しつつある都市の状況も、この書物に反映されています。また、ハールレム評議会が重要な絵画の修復をフランス・ハルスに依頼したのも、ヴァン・マンデルとの繋がりがあったからだと考えられています。

後世への影響：美術史研究の礎

『画家列伝』は、オランダの芸術家たちにイタリアの芸術情報を伝え、多くの画家たちがイタリア留学をするきっかけとなりました。ヴァン・マンデルが設立に関わったと考えられる美術学校は、この書物を基盤として運営され、その後も数世紀にわたって存続しました。

17世紀から18世紀にかけて、多くの美術史家がヴァン・マンデルの著作を参考に自らの著作を執筆しました。彼らの著作は、現在でも一次資料として活用されていますが、絵画の所蔵場所や画家の特定などについては、美術史家による検証や批判がなされています。しかしながら、『画家列伝』は、画家たちの生涯や絵画の来歴を知る上で欠かせない重要な資料であり続けています。

参考文献

* カレル・ファン・マンデル 『「北方画家列伝」注解』尾崎彰宏・幸福輝・廣川暁生・深谷訓子編訳、中央公論美術出版、2014年。

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