ヤーコブ・デ・ヘイン3世の肖像

レンブラント作『ヤーコブ・デ・ヘイン3世の肖像』：小さな傑作と数々の盗難劇

レンブラント・ファン・レインによる『ヤーコブ・デ・ヘイン3世の肖像』は、1632年に制作された油彩の肖像画です。高さ29.9cm、幅24.9cmという、レンブラント作品としては異例の小ぶりなサイズが特徴です。この小さなサイズは、作品が幾度も盗難の被害に遭った一因ともなっています。現在、イギリスのダリッジ・ピクチャー・ギャラリーに所蔵され、その魅力と波乱に満ちた歴史を今に伝えています。

モデル：版画家ヤーコブ・デ・ヘイン3世とその時代

モデルとなったヤーコブ・デ・ヘイン3世は、芸術一家に生まれた版画家でした。祖父も父も同名のヤーコブ・デ・ヘインであり、それぞれステンドグラス画家・細密画家、版画家として活躍していました。デ・ヘイン3世自身も1614年までにデン・ハーグで版画家として活動を始め、素描や絵画も制作。デン・ハーグ評議会の書記官だったマウリッツ・ホイヘンスとは親交があり、ホイヘンスの弟であるコンスタンティン・ホイヘンス（詩人・作曲家）と共にロンドンを旅行したり、祖父とスウェーデンを旅行するなど、活発な活動を行っていました。

デ・ヘイン3世はレンブラントとも親しく、レンブラントの絵画を所有していたとされています。1632年、ホイヘンスと共にレンブラントに依頼して、それぞれの肖像画を描かせました。その後、1634年にユトレヒトに移り住み、マリア教会の聖堂参事会会員を務めた後、1641年に同地で亡くなりました。

2枚の肖像画：友情と遺贈の約束

デ・ヘイン3世とホイヘンスの肖像画は、ほぼ同じサイズで制作されています。注文に関する文書は残っていませんが、両者は先に亡くなった方が、もう一方に肖像画を遺贈するという約束を交わしていたと推測されています。両作品の裏面に記された碑文が、この推測を裏付けています。

レンブラントは、この2枚の肖像画を、同じ様式で制作しました。デ・ヘイン3世の肖像画は右を向き、ホイヘンスの肖像画は左を向くという、互いに補完し合う構図となっています。厳密には対作品ではありませんが、画面のサイズや構図において、調和のとれた作品群となっています。

レンブラントの技法：光と影の表現

レンブラントは、シンプルで直接的な構図に、光と影の表現を加えることで、肖像画に生命感を吹き込んでいます。デ・ヘイン3世の肖像画では、強い光がモデルの左頬を照らしていますが、その光によって逆に左頬の細部は影となり、背景から人物が浮かび上がるような効果が生まれています。繊細な筆致で描かれた顔立ちや、口ひげの灰色と茶色の微妙な混色、そして大胆な筆致で描かれた頬のクリーム色とピンク色の対比が、見事です。さらに、エッチングの技法を用いることで、右目周りのしわをリアルに表現しています。

年輪年代学の研究によれば、レンブラントは同年、現在ハンブルク美術館に所蔵されている『マウリッツ・ホイヘンスの肖像』と同じ木材を用いて、自身の自画像も制作しています。

作品の来歴：幾多の変遷と謎

完成した2枚の肖像画は、それぞれ所有者の邸宅に飾られました。1641年にデ・ヘイン3世が亡くなると、肖像画はホイヘンスに遺贈されますが、翌1642年にはホイヘインも亡くなりました。その後、ホイヘンス家が肖像画を手放した時期、またその後の来歴には不明な点が多く残されています。1764年には、ユトレヒトの美術収集家アラード・ルドルフ・ファン・ワイのコレクションに含まれ、その後、パリの宝石商アンジュ・ジョゼフ・オベールを経て、モナコ大公、フランスの美術商ノエル・デゼンファンと、様々な所有者を経て、最終的に1811年にダリッジ・カレッジに寄贈され、ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーに収蔵されることになりました。

デゼンファンは、風景画家フランシス・ブルジョワとダリッジ・ピクチャー・ギャラリーの基礎を築いた人物です。研究者によっては、デゼンファンが1786年のオークションで作品を売却し、1804年の別のオークションで買い戻したという説もあります。しかしながら、レンブラント研究プロジェクトは、1786年に売却されたのはホイヘンスの肖像画だけで、デ・ヘイン3世の肖像画はデゼンファンの手元に残ったと考えています。

「お持ち帰りのできるレンブラント」：繰り返された盗難

この作品は、1966年以降、4回も盗難に遭っており、「お持ち帰りのできるレンブラント（takeaway Rembrandt）」という異名で呼ばれています。タクシーに乗った犯人逮捕劇や、天窓からの侵入、そしてドイツの鉄道駅での発見など、その盗難劇は数々の逸話を残しています。毎回、作品は発見され、関係者が逮捕されましたが、その小さなサイズゆえに、犯行が容易に行われてしまったようです。

レンブラント作品との関わり

デ・ヘイン3世は、本作品以外にもレンブラントの初期作品である『論争する二人の老人』と『火のそばで眠る老人』を所有していたと伝えられています。

小さなサイズながら、その魅力と波乱に満ちた歴史から、この『ヤーコブ・デ・ヘイン3世の肖像』は、レンブラント作品の中でも特に注目すべき作品の一つと言えるでしょう。

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