ヨセフの夢 (レンブラント)

レンブラント・ファン・レイン『ヨセフの夢』：聖書と謎に包まれた傑作

レンブラント・ファン・レインが1645年に制作した油彩画『ヨセフの夢』(De droom van Jozef)は、オランダ黄金時代の巨匠による聖書を題材とした作品です。マタイによる福音書に記された、聖家族のエジプト逃亡という劇的な場面を描写しており、レンブラントの宗教画における高い表現力と深遠な物語性が感じられる、重要な作品の一つとして知られています。

聖書の物語：エジプトへの逃亡

絵画の主題は、マタイによる福音書2章13～23節に記された、聖ヨセフの夢とエジプトへの逃亡です。東方の三博士によるイエスへの礼拝の後、聖ヨセフは夢の中で神のお告げを受け、ヘロデ大王による幼児虐殺を避けるため、聖母マリアと幼児イエスを連れてエジプトへと逃れることになります。ヘロデ大王の死後、再び夢のお告げを受け、イスラエルへと帰還し、ナザレに定住したという物語です。レンブラントはこの物語における、逃亡を告げる神のお告げを受けた聖ヨセフの緊迫した瞬間を描いています。

作品の詳細：光と影のドラマ

絵画は、家畜小屋を思わせる暗い空間で、地面に寝そべり眠る聖ヨセフの姿から始まります。彼の膝には肘をついており、深い眠りに落ちている様子がわかります。聖母マリアは青いマントをまとい、くるみに包まれた幼児イエスと共に藁の上で眠っています。この聖母子に、柔らかな光が降り注いでいます。

聖ヨセフの右上に現れる天使は、白いローブを身にまとい、聖ヨセフの左肩に手を置いています。この天使からの光は、聖母子に優しく注がれ、神秘的な雰囲気を醸し出しています。画面左には扉、右には牛が描かれ、物語の背景となる空間が表現されています。画面右下にはレンブラントの署名と1645年の日付が記されています。

使用された板絵の木材は南米原産で、対作品である『トビトと子山羊を連れたアンナ』と同じ板から切り取られたものとされています。

制作過程と帰属をめぐる議論

この作品は、1986年に美術史家クリスティアン・テュンペルによって初めてレンブラントの作品かどうかが疑問視されました。2006年には、エルンスト・ファン・デ・ウェテリンクによってレンブラントと工房による作品、もしくは工房作に帰属されています。ウェテリンクは、作品の品質にばらつきがあり、特に色彩の溶け合い方がレンブラントの作風とは異なる点を指摘しています。この不一致は、レンブラントによる下絵を、弟子が光と色の表現に重点を置いて描き直した可能性があると推測されています。また、板絵の裏面には、模写や複製を示唆するグリッドの痕跡が見られるなど、制作過程には多くの謎が残されています。

波乱に満ちた来歴：戦争と移動

『ヨセフの夢』は、プロイセン王フリードリヒ1世の時代にはブランデンブルク選帝侯のコレクションに含まれていたと考えられています。その後、ベルリン王宮の絵画ギャラリーに所蔵され、ナポレオンの侵攻時にはケーニヒスベルク城へと移動するなど、歴史の激動の中で何度も場所を変えながら保存されてきました。第二次世界大戦中には、高射砲塔や塩鉱山に保管され、終戦後アメリカ軍によって発見・没収、その後ドイツ国内を巡り、1956年にようやくベルリン絵画館へと返還されました。

別バージョンと謎

レンブラントは1650年から1655年の間に、ブダペスト国立西洋美術館に所蔵されている別のバージョンを制作したとされていますが、その帰属については依然として疑問視されています。

『ヨセフの夢』は、聖書の物語を深く理解し、光と影の技術を駆使して表現されたレンブラントの代表作です。しかし、その制作過程や帰属については未だ謎が多く、研究者たちの関心を集め続けています。宗教画としてだけでなく、歴史的にも貴重なこの作品は、ベルリン絵画館で鑑賞することができます。

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