ヨハン・ザムエル・シュレーター

ヨハン・ザムエル・シュレーターは、18世紀後半に活躍したドイツ出身のピアニスト、そして作曲家です。彼の生涯は1753年3月2日に始まり、1788年11月2日に幕を閉じましたが、資料によっては生年が1750年や1752年と記されている場合もあります。

幼少期と音楽教育

シュレーターはドイツのグーベンで生まれました。彼の父ヨハン・フリードリヒは、ブリュール伯爵の宮廷でポーランド王国とザクセン選帝侯領に仕えたオーボエ奏者であり、母はマリーという名の女性でした。シュレーター家は代々音楽に深く関わる一家であり、ザムエルの兄弟たち――コローナ（姉）、ハインリヒ、マリー・ヘンリエッテもまた、父から音楽の手ほどきを受け、それぞれが音楽家として成功を収めています。

若い頃、シュレーターはライプツィヒで音楽教育を受け、特に当時の著名な音楽家ヨハン・アダム・ヒラーに師事しました。当初、彼は1765年にソプラノ歌手として舞台に立ちましたが、声変わりを機に歌唱活動を辞め、以降はピアノ演奏と作曲に情熱を注ぐようになります。1767年にはライプツィヒで開催された重要な演奏会でピアニストとしてデビューを飾り、その後はオランダやイングランドへの演奏旅行に出かけ、各地でその才能を披露しました。

ロンドンでの成功

1772年5月2日、シュレーターは自作のピアノ曲を披露する演奏会を開催し、ロンドンでのデビューを飾りました。ロンドンでは、著名な音楽家ヨハン・クリスティアン・バッハから多大な支援を受けました。バッハは彼に資金援助を行い、自身が務めていたオルガニストの職を譲り、さらに生活の糧となるピアノレッスンの仕事を紹介するなど、手厚くサポートしました。この支援により、シュレーターはロンドン社交界で瞬く間に名声を確立し、一流のピアニストそしてピアノ教師としての地位を築き上げました。

1782年にヨハン・クリスティアン・バッハが逝去すると、シュレーターはその遺志を継ぐかのように、イギリス国王ジョージ3世の妃であるシャーロット王妃の音楽教師に任命されました。彼の卓越した演奏と指導は、当時のグレートブリテン島におけるピアノの人気を飛躍的に高め、後に続くピアノ音楽隆盛の礎を築いたと言われています。

結婚と晩年

私生活では、シュレーターは1775年に彼のピアノ生徒であったレベッカ・スコット（1751年生まれ）と結婚しました。レベッカは裕福な実業家の娘でしたが、彼女の両親はこの結婚に猛反対し、シュレーターにレベッカとの関係を断つなら500ポンドを支払うと申し出たほどでした。しかし、二人はその申し出をきっぱりと拒否し、結ばれました。結婚後、シュレーターはそれまでのような公開演奏会からは距離を置き、主に貴族や上流階級、さらには後の国王ジョージ4世を含むウェールズ公のような皇族といった特定のパトロンのためにのみ演奏を行うようになりました。

シュレーターは妻レベッカと共にロンドンのピムリコで穏やかな生活を送っていましたが、残念ながら1788年に40歳を迎えることなく、若くしてその生涯を終えました。

後世への影響とハイドンとの関わり

シュレーターの死から数年後の1791年、ロンドンを訪れた作曲家フランツ・ヨーゼフ・ハイドンは、当時40歳頃であった彼の未亡人レベッカ・シュレーターにピアノを教えることになりました。ハイドンはレベッカに深く惹かれ、後に彼の代表的なピアノ三重奏曲集である作品73（ハイドン作品目録Hob.XV:25を含む3曲）を彼女に献呈しています。これは、シュレーターの遺した絆が、音楽史上の偉大な出会いにつながった興味深いエピソードです。

主要作品

シュレーターはピアニストとしてだけでなく、作曲家としても重要な足跡を残しています。彼の作品は主にピアノ（ピアノフォルテやチェンバロ）を用いたものが中心です。主要な作品には以下のようなものが挙げられます。

ピアノフォルテとオーケストラのための協奏曲（Op.3、Op.4、Op.5など）
ピアノフォルテと弦楽器のための室内楽曲（五重奏曲、ソナタなど）
チェンバロソナタ Op.1
歌曲（ヴァイオリンまたはフルート伴奏付き）

特に彼のピアノ協奏曲は高く評価されており、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトがシュレーターの協奏曲数曲のために自らカデンツァ（独奏者の見せ場となる部分）を書き下ろしていることは、当時の音楽界における彼の評価の高さを物語っています。

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