ヨハン・シュレーター

ヨハン・ヒエロニュムス・シュレーター

ヨハン・ヒエロニュムス・シュレーター（Johann Hieronymus Schroeter, 1745年8月30日 - 1816年8月29日）は、18世紀後半から19世紀初頭にかけて活躍したドイツの天文学者です。彼は、法律家としてのキャリアを経て天文学の世界に入り、月や惑星の詳細な観測で多大な功績を残しました。

生涯と天文学への転機

シュレーターは現在のドイツ中部にあたるエアフルトに生まれ、学問を修めるためにゲッティンゲン大学へ進学し、法学を学びました。卒業後、約10年間にわたり法曹界で実務経験を積んでいます。彼の人生の転機となったのは1777年、イギリス王ジョージ3世でもあったハノーファー王ゲオルク3世の宮廷秘書官に任命されたことでした。この職務を通じて、彼は当時最先端の科学、特に天文学に触れる機会を得て、次第にその魅力に惹かれていきます。天文学への関心を深めたシュレーターは、まず手始めに口径50mm、焦点距離91cmの小さな屈折望遠鏡を購入し、太陽、月、金星といった身近な天体の観測を始めました。

ウィリアム・ハーシェルによる1781年の天王星発見は、当時の天文学界に大きな衝撃を与え、シュレーターもまたこの発見に強く触発されました。彼は天文学研究に一層専念することを決意し、秘書官の職を辞して、ニーダーザクセン州にあるリリエンタールという町の首長（市長）に就任します。この閑職を得ることで、天体観測のための時間を確保することを可能にしたのです。

観測活動の本格化

リリエンタールに移ったシュレーターは、観測環境を整えることに尽力します。1784年には、天王星の発見者として名声を確立していたウィリアム・ハーシェルから、口径12cm、焦点距離122cmの反射望遠鏡を入手しました。この比較的大きな望遠鏡を用いた精密な観測により、彼は程なくして優れた観測家として名を馳せるようになります。彼の飽くなき探求心はさらに高性能な機材を求め、1786年には口径16.5cm、焦点距離214cm、最大倍率1200倍という、当時としては破格の性能を持つ反射望遠鏡を導入しました。この望遠鏡は、当時の彼の半年分の収入に匹敵するほどの高価なものでしたが、これを用いて彼は金星、火星、木星、土星といった惑星の詳細な観測に没頭しました。

主要な業績

シュレーターの観測の中でも特筆すべきは、月と金星に関するものです。

1791年、彼は長年にわたる月面観測の成果をまとめた著書『Selenotopographische Fragmente zur genauern Kenntniss der Mondflache』（月面に関するより正確な知識のためのセレノトポグラフィー断片）を刊行しました。この本には、彼が描いた月面の精密なスケッチと詳細な記述が含まれており、当時の月面研究において重要な資料となりました。

また、1793年には金星の満ち欠けを観測する中で、後に「シュレーター効果」と呼ばれる現象に気づいた最初期の観測者の一人となります。これは、金星が三日月状に見える時期に、理論上は光っているはずの領域が180度よりも大きく見えるという現象で、金星の大気の存在を示唆する重要な観測結果でした。

シュレーターは観測家としてだけでなく、当時の天文学界のリーダーの一人としても活動しました。1798年にはイギリスの権威ある学術団体、ロンドンの王立協会フェローに選出されています。さらに1800年頃には、当時未発見だった太陽系内の惑星や小惑星を探索する目的で、天文学者のフランツ・フォン・ツァハらとともに観測グループを結成しました。このグループは後に「リリエンタール探偵団」として知られるようになります。実際に1804年には、この探偵団の一員であったカール・ハーディングによって、シュレーターの観測所において小惑星ジュノーが発見されており、シュレーターの観測施設が新天体発見の舞台となったことを物語っています。

晩年と遺産

シュレーターは1816年8月29日、リリエンタールにて71歳でその生涯を閉じました。晩年には不運に見舞われ、ナポレオン戦争の混乱の中で、彼の構築した優れた観測施設はフランス軍によって破壊されてしまいます。これにより、多くの貴重な観測記録や資料が失われたと考えられています。しかし、彼の業績の一部は後世に伝えられました。特に、彼が詳細に描いた火星の観測図は、彼の死後長らく所在が不明でしたが、1873年に再発見され、1881年にようやく出版されるに至りました。

ヨハン・ヒエロニュムス・シュレーターは、専門的な訓練を受けた天文学者ではありませんでしたが、その情熱と粘り強い観測によって、当時の観測天文学に重要な貢献を果たしました。彼の詳細な月面図や金星観測は、後の天文学研究の基礎となりました。その功績を記念し、小惑星（3707 Schröter、4983 Schroeteria）をはじめ、月や火星のクレーター、そして月のシュレーター谷など、数多くの天体や地形に彼の名前が冠されています。

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