ヨハン不動公とヨハン・フリードリヒ寛大公の肖像

[ルーカス・クラナッハ]による父子像：「ヨハン不動公とヨハン・フリードリヒ寛大公の肖像」

[ルーカス・クラナッハ]が1509年に制作した油彩二連画『ヨハン不動公とヨハン・フリードリヒ寛大公の肖像』は、ドイツ・ルネサンス期の肖像画における重要な作品の一つです。この作品は、ザクセン選帝侯ヨハン不動公とその息子であるヨハン・フリードリヒ寛大公という、父子の肖像を左右の翼に分けて描いたものです。それぞれの肖像画は、縦約41～42センチ、横約31センチの板に描かれており、二つを繋ぐ額縁には蝶番がついており、本のように閉じることが可能です。右翼の裏側には、ヨハン・フリードリヒの両親の紋章が描かれています。

制作背景

クラナッハがこの肖像画を制作した当時、夫婦を対で描くことが一般的でしたが、本作では父親と息子が描かれています。これは、ヨハン不動公の妻であり、ヨハン・フリードリヒの母であったメクレンブルクのゾフィアが、ヨハン・フリードリヒを出産後に亡くなったためと考えられます。この作品は、単なる肖像画としてだけでなく、当時の社会状況や家族関係を反映した歴史的な資料としても価値があると言えるでしょう。

各肖像の特徴

左翼に描かれているのは、幼いヨハン・フリードリヒです。彼は正面を向き、少し恥ずかしそうに視線を逸らしています。ダチョウの羽根の付いた帽子を被り、宝石を身に着けた姿は、幼いながらもその高貴な身分を示しています。特に、帽子や髪、衣服のディテールは、非常に精緻に描かれており、絵画に立体感を与えています。この肖像は、少年のあどけなさを捉えつつも、将来の君主としての威厳をも感じさせるものです。特筆すべきは、衣装の質感が少年自身よりも生き生きと描かれている点です。また、ヨハン・フリードリヒの頭部が父ヨハンよりも高い位置にあるのは、彼の背の低さを際立たせるための意図的な表現であると考えられます。この肖像画のために、少年が特別に写生された可能性も指摘されています。生き生きとした筆致は、クラナッハ自身のものと考えられています。また、この時の姿と成人後の肥満体の姿は大きく異なっています。

右翼に描かれているのは、父ヨハン不動公です。彼の肖像は、息子ヨハン・フリードリヒほど生き生きとは描かれていませんが、クラナッハが同時期に制作した祭壇画に描かれたヨハンの肖像と類似しています。これらの肖像は、画家が実際に人物を写生し、その素描を基に制作された可能性が高いです。クラナッハは多くの貴族の素描を制作しており、その一部は現存しています。彼は工房で、いつでも依頼に対応できるようにこれらの素描を保管していたと考えられます。

作品全体の構成

父子の肖像は、それぞれ異なる特徴を持ちながらも、クラナッハによって注意深く関連付けられています。例えば、父ヨハンの肖像の背景の緑色は、息子ヨハン・フリードリヒの上着の色と呼応しています。また、息子の肖像の背景の黒色は、父親の服の色と一致しています。これらの色の使い方は、二つの肖像画を単に並べただけでなく、一つの作品として関連づけて捉えるための工夫であると考えられます。

現在の所蔵と修復

この作品は、1991年にクリスティーズのオークションで落札され、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。1995年には洗浄と修復作業が行われ、作品はより鮮明な状態になりました。

まとめ

『ヨハン不動公とヨハン・フリードリヒ寛大公の肖像』は、[ルーカス・クラナッハ]の優れた肖像画家としての技量を示すとともに、当時の社会情勢や家族関係を映し出す貴重な作品です。父子の個性を際立たせつつも、全体としての調和を保つ構成は、クラナッハの才能を物語っています。現在も多くの人々を魅了する傑作と言えるでしょう。

参考文献

エリカ・ラングミュア『ナショナル・ギャラリー・コンパニオン・ガイド』高橋裕子訳、National Gallery Company Limited、2004年刊行　ISBN 1-85709-403-4

外部リンク

ナショナル・ギャラリー (ロンドン) 公式サイト、ルーカス・クラナッハ『ヨハン不動公とヨハン・フリードリヒ寛大公の肖像』 （英語）

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