ライオン狩り (ルーベンス)

『ライオン狩り』（独: Löwenjagd、英: The Lion Hunt）は、フランドルのバロック期を代表する画家ピーテル・パウル・ルーベンスが1621年に油彩で制作した絵画です。この作品は、2頭のライオンが、馬上や徒歩で挑む狩猟者たちに攻撃されている場面を描いており、ルーベンスが手がけた最後の狩猟をテーマにした作品として知られています。

ルーベンスは、1610年代後半から狩猟図を数多く制作しており、その一群の作品は、レオナルド・ダ・ヴィンチの『アンギアーリの戦い』のような戦闘図の持つ雄渾さと劇的な表現を取り入れています。ルーベンスの狩猟画は、単なる狩猟の場面を描くのではなく、人間と猛獣との死闘という側面を強調している点が特徴的です。同時代のフランドルでは、フランス・スナイデルスのような狩猟専門の画家もいましたが、彼らの作品が狩猟と獲物を描くことに重点を置いているのに対し、ルーベンスの作品は、よりドラマチックな人間と自然との闘いを描いています。

1621年9月のルーベンスの手紙には、「大作が完成した。すべて自分自身の手で制作、これが一番いいことだ。ライオン狩りの絵である・・・」という記述があります。この記述から、この作品が当時ブリュッセルに駐在していたイギリス大使からの依頼で制作された可能性が示唆されています。

『ライオン狩り』は、ルーベンスが描いた狩猟図の中でも、最も円熟した作品の一つとされています。画面全体を覆うようなS字型の構図は、人と獣が絡み合い、激しい動感と緊密なまとまりを同時に生み出しています。また、ライオンに集中する槍の配列は扇形を成し、画面にさらなるダイナミズムを与えています。絵画の中では、馬が前脚を高く上げ、狩猟者の1人が槍でライオンを突き刺しています。別の狩猟者は剣を振りかざし、ライオンを斬ろうとしています。甲冑を身に着け剣を振り下ろす狩猟者の姿には、ルーベンスがイタリア滞在中に描いた『聖ゲオルギウスと竜』(プラド美術館、マドリード)のモチーフが用いられています。また、ライオンに襲われ落馬している人物は、アルテ・ピナコテークにある油彩スケッチにも描かれており、この作品の制作過程を垣間見ることができます。ライオンの爪が馬の身体に食い込むという描写は、古代美術から着想を得ており、馬の描写はレオナルド・ダ・ヴィンチの『アンギアーリの戦い』から影響を受けています。

現在、この作品はミュンヘンのアルテ・ピナコテークに所蔵されており、多くの美術愛好家がルーベンスの傑作を鑑賞しています。

ルーベンスの狩猟図は、彼のダイナミックな筆致、卓越した人物表現、そして劇的な構図が一体となって、見る者に強烈な印象を与える作品群です。『ライオン狩り』はその中でも特に成熟した作品として、ルーベンスの画業を語る上で欠かせない一枚となっています。

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