ラメイ島虐殺事件

ラメイ島虐殺事件：忘れられた悲劇

ラメイ島虐殺事件は、1633年から1640年にかけて、オランダ植民地支配下の台湾近海に位置するラメイ島（現在の琉球嶼）で発生した悲劇です。この事件は、オランダ人と原住民との間の武力衝突、そしてそれに続くオランダ軍による虐殺と強制連行によって、島の住民がほぼ一掃されたという、痛ましい歴史を物語っています。

事件の背景

17世紀初頭、オランダ東インド会社は台湾に進出し、その支配を拡大していました。ラメイ島は、台湾本島からほど近い場所に位置し、原住民が暮らしていました。オランダとラメイ島原住民との間には、当初から緊張関係が存在しました。1628年、オランダの宣教師ジョージアス・カンディディウスは、台湾からほど近い小島について言及し、その島がラメイ（Lamay）またはランベイ（Lambay）と呼ばれていることを記録しました。また、ヨーロッパ人からは「ガウテン・レーウ（Gouden Leeuw）」という名で知られていました。この名は、かつて島に漂着し、住民によって殺害された船の名前であるとされています。しかし、この船に関する詳しい記録は残されていません。

1633年以前から、ラメイ島の原住民とオランダ人の間には、いくつかのトラブルが発生していたことが、オランダ側の記録から確認されています。これらのトラブルが、その後のオランダによるラメイ島攻撃の理由となりました。

第一次侵攻

1633年11月、オランダ台湾評議会は、ラメイ島への攻撃を決定しました。300名の白人兵士と、シンカン（新港）やサウラン（蕭壠）といった現地の集落からの兵士が派遣されました。彼らは2艘のヤハト船と4艘のジャンク船に分乗してラメイ島に上陸しましたが、原住民との戦闘で数名の兵士が殺害され、原住民は洞窟に逃げ込みました。結局、オランダ軍は島の集落を焼き払い、家畜を殺害しただけで撤退しました。その後、オランダはパングソィヤ（放索仔）社の頭領を仲介者として和平交渉を試みましたが、双方とも互いを信用せず、交渉は決裂しました。

第二次侵攻

交渉が進展しないことに業を煮やしたオランダは、1636年4月16日にラメイ島の完全征服を決定しました。リンガ中尉を指揮官とし、ジョージアス・カンディディウスらを補佐とした遠征隊が派遣されました。4月19日、オランダ軍とシンカンなどの援軍がラメイ島に上陸し、原住民と交戦しました。しかし、水不足のため一時撤退を余儀なくされました。その後、補給を整えて再度島に上陸、島の洞窟に隠れていた原住民を追い詰める作戦を展開しました。洞窟の出入り口を封鎖し、煙を流し込んだ結果、多くの原住民が投降しました。1636年5月1日から4日にかけて、222名の原住民がタイオワン（現在の台南市安平区）に連行されました。この時の戦闘で、約200名以上の原住民が煙攻めによって死亡したと推測されています。オランダ側は、原住民が頑強に抵抗したため多くの死者が出たと主張していますが、実際には原住民からの和平交渉の要請を拒否し、投降した原住民も射殺したとされています。

第三次侵攻とその後

1636年6月末、ラメイ島で3名のオランダ兵が殺害されたことを受け、オランダは再度島を攻撃することを決定しました。7月にはリンガ中尉率いるオランダ兵と現地の協力隊が上陸し、原住民を徹底的に排除する作戦が行われました。協力隊は早期に帰還しましたが、それでも原住民30名の首級と捕虜を連れて帰りました。その後、オランダは力づくでの原住民排除が困難であると判断し、宣撫策に転換しました。リンガ中尉は捕虜となった原住民を連れて島に派遣され、投降を呼びかけました。生活基盤を失った原住民は次々と投降し、タイオワンに連行されました。これにより、オランダは原住民の排除をほぼ完了したと判断し、島から撤退しました。1636年12月28日付の『東インド事務報告』には、554名の原住民が連行され、300名以上が殺害されたと記録されていますが、実際の死者数はこれよりも多かったと考えられています。

第四次侵攻

1637年以降、ラメイ島にはわずかながら生き残りが残っていましたが、オランダは1640年に再度侵攻し、残りの原住民を連行しました。これにより、ラメイ島における原住民はほぼいなくなってしまいました。オランダ統治時代が終焉する1662年の段階で、島には原住民は残っていなかったと考えられています。

原住民の行方

連行された原住民は、奴隷として扱われ、労働に従事させられました。一部はバタヴィア（現在のジャカルタ）に送られ、女性や子供はシンカン社に与えられ、キリスト教化が進められました。しかし、過酷な労働条件や奴隷としての境遇から命を落としたり、流浪の生活を余儀なくされた人々も多くいました。その後の台湾の支配勢力の変遷によって、ラメイ島での虐殺・連行の事実が忘れ去られてしまい、連行された原住民の行方は不明となっています。

「ラメイ島」から「小琉球」へ

ラメイ島から原住民がほぼいなくなった後、オランダは島の経営を中国人などに委託しました。1661年、鄭成功によるオランダのゼーランディア城攻撃に際して、ラメイ島から物資が調達されたという記録が残っています。その後、鄭氏政権の成立、そして清朝の支配下に入ると、ラメイ島は「小琉球」と呼ばれるようになりました。この名称は、かつて台湾本島自体を指す言葉でしたが、琉球王国との区別のため、ラメイ島に適用されるようになりました。

烏鬼伝承

支配者の交代によって、ラメイ島虐殺事件の記録は中国側には残されませんでした。そのため、島に人がいなくなった理由を説明するために「烏鬼伝承」が生まれました。この伝承では、泉州からの移民（漢民族）が、先住民である「烏鬼番」を皆殺しにしたとされています。しかし、これは史実ではなく、オランダによる虐殺を隠蔽した物語であると考えられます。この伝承は、後に日本統治時代の学者によって継承され、今日でも通説として扱われています。

まとめ

ラメイ島虐殺事件は、17世紀の植民地支配の残酷さを物語る悲劇です。オランダによる原住民への弾圧、虐殺、そして強制連行は、現代においても忘れてはならない教訓です。この事件は、歴史の闇に葬られかけた事実を改めて見つめ直し、植民地支配の歴史を深く理解する上で重要な教訓を与えてくれます。

参考資料:
林田芳雄「ラメイ島原住民族討滅の記 -蘭領台湾時代の悲劇-」

関連事項:
麻豆渓事件

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