ラ・ヴィレット公園

パリの北東部に位置するラ・ヴィレット公園は、フランスの首都パリ市内で最も広大な面積を誇る都市公園です。セーヌ＝サン＝ドニ県パンタン市との境界に接しており、パリ市内の緑地帯としては、歴史あるペール・ラシェーズ墓地に次ぐ規模を擁しています。総面積55ヘクタールの広大な敷地の約33ヘクタールが緑地で占められており、テュイルリー公園やリュクサンブール公園といった中心部の主要公園を凌ぐ規模です。

この公園の敷地は、かつてパリの食肉供給を支えたラ・ヴィレット食肉処理場（屠殺場）が1867年から1974年まで稼働していた跡地を利用しています。閉鎖後、広大な跡地の活用が模索され、フランソワ・ミッテラン大統領が進めたパリの都市再生計画「グラン・プロジェ」の一環として、大規模な公園として整備されることになりました。

公園の設計にあたっては、1982年に国際設計コンペティションが開催され、世界中から471件もの提案が寄せられました。数ある案の中から、最終的にランドスケープアーキテクトであり建築家でもあるベルナール・チュミ氏の提案が、実施設計を担う9つの1等案の一つとして選ばれました。チュミ氏はポストモダンの潮流に属する建築家であり、空間の機能や意味から自律した形式を重視する考え方を持ち、哲学者のジャック・デリダとも構想について議論を交わしたと言われています。

チュミ氏のデザインは、公園を構成する要素を「点」（グリッド状に配置された赤い幾何学的な構造物「フォリー」）、「線」（散策路やプロムナード）、「面」（芝生や庭園）といった抽象的なレイヤーに分解し、これらを重ね合わせることで空間を生成する、いわゆる「ダイアグラム」の手法を特徴としています。このコンセプトは、広大な敷地を持つ都市のオープンスペースデザインに新たな可能性を示唆するものでした。惜しくも実施案とはなりませんでしたが、レム・コールハース率いるOMAが提示した案も本質的にダイアグラムの手法を取り入れており、こうした構造をレイヤーに分解して記述するデザイン手法は、その後のランドスケープデザインの分野に大きな影響を与えました。公園は1989年に竣工しましたが、チュミ氏の設計が利用者の行動を「歩く」「走る」といった基本的な動作に限定して想定していたため、完成後の公園がパリ市民の多様な憩いのニーズに十分に応えられているかについては、評価が分かれる側面もありました。

公園の構成は、東西に敷地を横断するウルク運河によって大きく南北に分かれています。運河の両岸は複数の橋によって結ばれており、公園内の移動を容易にしています。夏季には両橋の中間に浮橋が架設され、特に障がい者や自転車利用者のアクセス向上に貢献しています。また、公園とサン・マルタン運河を経由してアルスナル港を結ぶ観光船も運航されており、水上からのアクセスも可能です。

公園全体に等間隔に配置された赤いフォリーは、視覚的なアクセントであると同時に、情報センターや軽食スタンドなど様々な機能を持つ小さな施設として機能しています。公園の中心的な施設の一つである多目的ホール「ラ・グラン・オール」は、かつての食肉処理場の巨大な鉄骨構造を想起させるデザインとなっており、この地の歴史を現代に伝えています。その他にも、子供向けのプレイグラウンドや、「竹の庭」「水の庭」といったテーマを持つ多様な庭園が点在し、来園者に様々な空間体験を提供しています。

ウルク運河を境に、公園は北部と南部に特色のあるエリアに分かれています。北側エリアは「科学と産業の都市」と呼ばれ、ヨーロッパ最大級の科学博物館であるシテ科学産業博物館が中心的な存在です。その前面に設置された巨大な球体の視聴覚施設「ラ・ジェオード」は、公園全体の象徴的なランドマークとして強い印象を与えています。一方、南側エリアは「音楽都市」として整備されており、パリ国立高等コンセルヴァトワールのような著名な音楽教育機関や、フィルハーモニー・ド・パリをはじめとする大小様々なコンサートホールが集積し、音楽芸術の中心地となっています。

ラ・ヴィレット公園は毎日午前6時から翌午前1時まで開園しており、多くの市民や観光客が訪れます。かつての産業遺構が、現代建築とランドスケープデザインの実験場を経て、科学、音楽、文化、そしてレクリエーションが融合した複合的な都市空間として再生された好例と言えるでしょう。

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