ラーオドコス

ギリシア神話の世界には、ラーオドコス（古希: Λαόδοκος）という名前を持つ人物が複数確認されます。この名前は長母音を省略し、ラオドコスと表記されることも一般的です。これらの人物の中で特に著名なのは、トロイア戦争で重要な役割を果たしたトロイアの貴族アンテーノルの息子と、紀元前3世紀に聖域デルポイを守護した英雄です。その他にも同名の人物が数名存在するため、それぞれの伝承を区別して理解する必要があります。

アンテーノルの息子ラーオドコス

このラーオドコスは、トロイアの長老であり賢者として知られるアンテーノールとその妻テアーノーの間に生まれた多くの息子の一人です。彼はトロイア軍の武将として、長く続いたトロイア戦争に参加していました。

特に彼が神話の中で大きく取り上げられるのは、トロイア軍とギリシア軍の間で結ばれた休戦協定が破られるきっかけとなった場面です。トロイアの王子パリスとスパルタ王メネラーオスが一騎打ちで決着をつけようとした際、両軍は一時的に剣を収めてその戦いを見守っていました。しかし、戦いの途中で不利になったパリスが女神アプロディーテーによって戦場から連れ去られるという出来事が起こります。これを見た神々の間で、このまま協定が守られるべきか、それとも破られるべきかという議論が起こり、最終的にゼウスを含む神々はトロイア側に協定を破らせることを決定しました。この決定を受けて、女神アテーナーはラーオドコスの姿に変身し、トロイアの弓兵パンダロスに近づきました。アテーナーはラーオドコスの声と姿を用いて、パンダロスに対し、メネラーオスを攻撃するよう巧妙に唆しました。この唆しに乗せられたパンダロスがメネラーオスに矢を放ったことで、両軍の休戦協定は破られ、再び激しい戦闘が開始されました。このように、アンテーノルの子ラーオドコスは、神の意図を人間の世界に実現させるための道具として、神話の中で重要な役割を担った人物と言えます。彼はホメロスの叙事詩『イリアス』において、このエピソードを中心に語られています。

デルポイを救った英雄ラーオドコス

もう一人の著名なラーオドコスは、神話時代ではなく、比較的後の歴史的な出来事と結びついて語られる英雄です。紀元前279年、ガリア人（ギリシア人はケルト人と呼んだ）がギリシア本土に侵攻し、聖域デルポイを攻撃した際に、このラーオドコスを含む数名の英雄が突如として現れ、デルポイを守護したと伝えられています。伝えられるところによると、彼は落雷とともに戦場に姿を現し、侵略者に対して超自然的な力をもって抵抗しました。

この出来事においてデルポイを守った英雄は、ラーオドコスの他に、アキレウスの息子ネオプトレモス（ピュロス）、そして地元の英雄ピュラコスが挙げられます。伝承によっては、ラーオドコスとヒュペロコスという二人のヒュペルボレオス人の英雄が共に現れたともされており、ラーオドコスはアマドコスという別名でも呼ばれたようです。ヒュペルボレオス人は北の果てに住む伝説的な民とされ、アポローン神との関係が深いことから、アポローンの聖域であるデルポイを守護するために現れたと考えられます。このエピソードは、外敵からの危機に際して神話時代の英雄が再び姿を現し、人々を救うという、ギリシア世界で広く信じられていた信仰の一例を示しています。

その他のラーオドコスたち

上記の二人以外にも、ラーオドコスという名前を持つ人物が神話に登場します。

アポローンとプティーアーの息子。ドーロス、ポリュポイテースと兄弟で、アイトーロスによって殺害されたと伝えられています。
メッシーニアの王ビアースとペーローの息子。兄弟のタラオス、アレイオスと共に、イアーソーン率いるアルゴナウタイの遠征に参加した英雄の一人です。
テーバイに対する「七将の攻撃」に参加したアルゴスの戦士。七将が初めてネメアーで開催した競技祭において、槍投げ種目で勝利を収めたという記録があります。
トロイア王プリアモスの息子の一人として名前が挙げられています。
アキレウスの部下であるアンティロコスの配下として言及される人物です。
アルカディア地方のテゲアーの王エケモスと妻ティーマンドラーの息子。この人物はラドコスと表記されることもあります。

ギリシア神話においては、このように同じ名前を持つ複数の人物が登場する例が少なくありません。ラーオドコスという名前も、異なる家系や地域、時代背景を持つ複数の人物に用いられています。それぞれのラーオドコスの物語は、個別の伝承や叙事詩、歴史的記録の中に散見されます。

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