ラール語

ラール語は、チャド共和国Moyen-Chari県のチャド川沿いの3つの村で話されている、絶滅の危機に瀕した言語です。2000年時点での話者数は約749人と推定され、主に25歳未満の若者世代では、地域で広く話されているバギルミ語への言語交代が進んでいることから、ラール語の存続は非常に危ぶまれています。

この言語は、文字を持たず、言語学者の記録以外では文献に残されていません。1975年から1978年にかけて、Pascal Boyeldieuによるフィールドワークによって学術的に注目を集めるようになりました。しかし、彼の調査は、Damtar村のたった一人の話者への聞き取りに大きく依存していたという制約がありました。

ラール語の言語分類は、現在も未解明のままです。アダマワ諸語、特にブア語との関連性が指摘されており、語彙や形態論に類似性が見られます。一方で、チャド諸語の影響も認められ、これらの言語グループのいずれかに分類される場合や、孤立言語と見なされる場合もあります。

Boyeldieu (1982) は、ブア語との語彙や形態論的な類似性を認めながらも、根本的な違いも指摘し、分類に課題が残ると述べています。Roger Blench (2003) は、ラール語の語彙や形態は、チャド諸語（アフロ・アジア語族）、アダマワ諸語（ニジェール・コンゴ語族）、そして未知の言語（おそらくは消滅した言語群）に由来する要素が混在していると分析しています。特に、未知の言語からの影響という可能性は、ラール語が、アフロ・アジア語族、ナイル・サハラ語族、ニジェール・コンゴ語族といったアフリカ主要語族が拡大する以前の中央アフリカの言語状況を反映している可能性を示唆する、非常に興味深い点です。

ラール語は、ブア語、ニエリム語、そしてンダム語といった言語に地理的に隣接しています。その語彙には、バギルミ帝国時代の共通語であったバギルミ語からの借用語が多く含まれており、また、チャド諸語からの語根も一部見られます。さらに、ラール語話者の多くはニエリム語を第二言語として話しており、ラール語の語彙の20～30％はニエリム語と共通の語根を持ち、特に農業関連の語彙でその傾向が顕著です。イスラム教徒であるラール人社会の影響から、アラビア語からの借用語も存在します。しかし、ラール語の中核語彙の大部分を占める約60％は、既知の語族に属さない、独自の語彙で構成されています。興味深いことに、ニエリム語と共通する語根の一部は、ブア語とは共通していません。このことは、これらの語彙がアダマワ諸語からの借用語ではなく、ラール語自身の基層からニエリム語に借用された可能性を示唆しています。

Pozdniakov (2010) は、ラール語をニジェール・コンゴ語族の別個の枝だと考え、その代名詞体系の一部はチャド系言語からの借用であると主張しています。一方、最近の遺伝子研究では、ラール人の遺伝子に、ナトゥーフ文化や新石器時代のレバントの文化の担い手と類似するユーラシア系の遺伝子成分が顕著に含まれていることが明らかになっています。このことから、ラール語は、新石器時代の近東からチャドへ移住した農耕集団の言語を起源とする可能性も示唆されています。Müller et al. (2013) の自動計算による分析(ASJP 4)では、ラール語はチャド諸語とグループ化され、初期の接触を示唆する結果が得られました。

これらの研究成果は、ラール語の起源と分類を巡る謎を解き明かす重要な手がかりとなっていますが、未だ多くの未解明な点が残されています。今後の研究が、この貴重な言語の謎を解き明かし、その保護に繋がることを期待したいです。

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