リック・ホール

リック・ホール（Roe Erister Hall, 1932年 1月31日 - 2018年 1月2日）は、20世紀後半のアメリカ音楽界において、特に南部サウンドの確立に多大な影響を与えた人物です。プロデューサー、音楽出版社経営者、そしてソングライターとして活躍し、アラバマ州マッスルショールズに設立した自身が率いるフェイム・スタジオ（FAME Studios）を拠点に、数多くの歴史的なレコーディングを手がけました。

生い立ちと音楽への道のり

ミシシッピ州ティショミンゴ郡フォレスト・グローブの小作農家に生を受けたホールは、4歳の時に母親と離別し、一家と共にアラバマ州フランクリン郡へ移り住みました。ゴスペル音楽を愛聴していた父親の影響もあり、幼い頃から音楽に触れる機会がありました。6歳の誕生日には叔父からマンドリンを贈られ、それをきっかけにギターの演奏法を独学で習得していきます。

10代になると、イリノイ州ロックフォードへ渡り、工員見習いとして働く傍ら、地元のバーでバンド活動を開始しました。この頃には、後にカントリー界で成功を収めるファロン・ヤングやゴードン・テリーらと共演しています。朝鮮戦争勃発に伴い徴兵されますが、良心的兵役拒否者として申請し、陸軍第4軍で儀仗兵としての任にあたりました。

除隊後、故郷アラバマ州に戻り、フローレンスの工場で働き始めます。しかし、1957年には婚約者、さらに父親を相次いで失うという悲劇に見舞われ、一時的に酒に溺れる日々を送ります。それでも音楽への情熱は失わず、地元のバンドにギターやマンドリン、フィドル奏者として参加し、そこで後の協力者となるサックス奏者のビリー・シェリルと出会いました。さらにその後、ダン・ペンがリード・ボーカルを務めるバンド、ザ・フェアレインズを結成。ベーシストとして活動しながら、作曲も手掛けるようになります。

ザ・フェアレインズを離れた後は、1950年代後半からソングライターとしての活動に軸足を移しました。ジョージ・ジョーンズに提供した「Achin', Breakin' Heart」（1961年）や、ブレンダ・リーのヒット曲「She'll Never Know」（1963年）など、初期の成功を収めています。

フェイム・スタジオの誕生と成功

1959年、ホールはかつてのバンド仲間であるビリー・シェリル、そしてレコーディング・スタジオ経営者のトム・スタッフォードと共に、フローレンスに音楽出版社「Florence Alabama Music Enterprises」、通称「FAME」を設立しました。しかし、1960年代に入るとシェリルとスタッフォードは経営から離脱し、ホールは単独で事業を引き継ぐことになります。彼は隣接するマッスルショールズへと拠点を移し、かつてタバコの倉庫として使われていた建物を改築してレコーディング・スタジオを設立しました。これが、後に音楽史に名を刻むこととなるフェイム・スタジオの始まりです。

スタジオ開設間もない1961年、ホールがプロデュースしたアーサー・アレキサンダーの楽曲「You Better Move On」が全米チャート24位を記録。これはフェイム・スタジオから生まれた初の全国的なヒットとなり、この地の音楽シーンに光を当てました。

フェイム・スタジオは瞬く間に南部ソウルの重要拠点となり、ウィルソン・ピケット、エタ・ジェイムス、アーサー・コンレイ、クラレンス・カーター、キャンディ・ステイトンといった伝説的なアーティストたちがここで名演を繰り広げました。ホールのプロデュースは彼らの才能を最大限に引き出し、数々の名作を生み出しました。サザン・ソウルにとどまらず、幅広いジャンルを手がけたことも特筆されます。彼がプロデュースしたティーンアイドルグループ、オズモンズの「One Bad Apple」（1970年）や、メンバーのダニー・オズモンドによる「ゴー・アウェイ・リトル・ガール」（1971年）は、いずれも全米シングルチャートで1位を獲得し、その手腕の幅広さを示しました。

マッスルショールズ・サウンドの確立と影響

フェイム・スタジオの成功は、マッスルショールズという小さな町を音楽の聖地へと押し上げました。スタジオを支えた優秀なハウスバンドのミュージシャンたちは、後に独立して「マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオ」を設立するなど、この地域特有の「マッスルショールズ・サウンド」の確立に貢献しました。ホールの存在が、この地の音楽産業隆盛の礎となったのです。

2013年には、彼の功績とマッスルショールズの音楽シーンに焦点を当てたドキュメンタリー映画『黄金のメロディマッスル・ショールズ』が公開され、改めてその重要性が広く知られることとなりました。

リック・ホールは2018年 1月2日、前立腺癌のためマッスルショールズの自宅で85歳でその生涯を閉じました。彼がフェイム・スタジオで生み出した音楽は、今なお多くの人々に愛され、南部音楽の豊かな遺産として語り継がれています。彼は単なるプロデューサーではなく、逆境を乗り越え、一つの地域から世界に影響を与える音楽文化を育んだ稀有な人物と言えるでしょう。

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