リップスティック (映画)

『リップスティック』（原題：Lipstick）

1976年にアメリカで公開された映画『リップスティック』は、当時深刻な社会問題として認識されつつあったレイプというテーマに正面から切り込んだ、非常に挑戦的かつ衝撃的な作品です。本作は、単なる犯罪ドラマに留まらず、抑圧された現代社会に潜む暴力の根深さ、そして被害者が直面する司法制度の不備や社会からの無理解をも鋭く描き出しています。

監督を務めたのはラモント・ジョンソン。音楽はフランスの著名なシンガーソングライターであるミッシェル・ポルナレフが担当し、印象的なスコアで物語を彩っています。製作はフレディ・フィールズ、脚本はデヴィッド・レイフィール、撮影はビル・バトラーが手掛けました。

キャストにおいては、文豪アーネスト・ヘミングウェイの孫であるマーゴ・ヘミングウェイとマリエル・ヘミングウェイが実の姉妹役で共演した点が大きな話題となりました。特にマリエルにとっては、本作が女優としての記念すべきデビュー作であり、後の活躍の礎となりました。マーゴが成功したトップモデルのクリスを、マリエルがその妹キャシーを演じ、緊迫感あふれるドラマを牽引します。

物語は、トップモデルとして華やかな世界に生きる姉クリスと、その妹キャシーの日常から始まります。キャシーから彼女の音楽教師ゴードンを紹介されたクリスですが、後日、クリスの部屋を訪れたゴードンは突然、その本性を現し豹変します。抵抗するクリスに対し、ゴードンは彼女の顔に無理やり赤い口紅を塗りたくるという異常な行為に及んだ後、クリスをレイプします。心身ともに深く傷ついたクリスは、加害者であるゴードンを告訴することを決意します。

しかし、裁判は被害者であるクリスにとってさらなる苦痛を強いるものとなります。ゴードンの弁護側は、巧妙かつ不当な戦術を駆使し、結果としてゴードンはまさかの無罪判決を勝ち取ってしまいます。法による正義が果たされなかったことに絶望するクリス。しかし、悲劇はこれで終わりませんでした。無罪となったゴードンは、今度はクリスの愛する妹、キャシーにまで魔の手を伸ばし、彼女をもレイプします。愛する妹が同じ苦しみを味わったことを知ったクリスの怒りは頂点に達し、もはや司法に頼ることはできないと悟ります。クリスは自らの手でゴードンに報復することを決意し、銃を手にしてゴードンを射殺するという壮絶な結末を迎えます。

本作は、性暴力の被害者が法廷で経験する二次被害や、加害者が法の網をかいくぐる現実、そして社会が性暴力に対して十分な理解や支援を提供できていない状況を浮き彫りにします。法が機能しない世界で、被害者がいかにして自らの尊厳を守ろうとするのか、あるいは守れなかったときにどのような選択を迫られるのか、という重い問いを観る者に投げかけます。単なる復讐譚として片付けられない、被害者の苦悩と社会への告発という側面が強い作品と言えるでしょう。ヘミングウェイ姉妹の迫真の演技が、物語の持つメッセージ性を一層際立たせています。

日本国内では、テレビ放送も行われており、1980年12月10日には日本テレビの『水曜ロードショー』で、また1991年9月12日にはテレビ東京の『木曜洋画劇場』でそれぞれ初回放送された記録が残っています。性暴力の被害と司法、そして復讐というテーマを描いた作品としては、『告発の行方』などが比較対象として挙げられることがあります。

『リップスティック』は、その衝撃的な内容から賛否両論を巻き起こしましたが、性暴力というデリケートな問題を扱い、被害者の視点から司法の限界と絶望を描いた点で、今なお語り継がれるべき重要な作品の一つと言えるでしょう。

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