リュートを弾く天使

リュートを弾く天使:ロッソ・フィオレンティーノの神秘的な名画



フィレンツェウフィツィ美術館には、ロッソ・フィオレンティーノの油彩画『リュートを弾く天使』(イタリア語: Putto che suona、またはAngiolino musicante)が収蔵されています。39x47cmの小さな板絵ながら、その繊細な描写と奥深い歴史は、見る者を魅了してやみません。1521年と記されたこの作品には、ラテン語で「Rubeus Florentinus」という画家の署名と、制作年と思われる「1521」が確認できます。

多様な呼び名と波乱万丈な歴史



日本では『リュートを弾く天使』の他に、『リュートを奏する天使』『リュートを奏でる天使』『奏楽の天使』など、様々な呼び名で親しまれています。イタリア語の原題である『Putto che suona』は「奏でるプット」、 『Angiolino musicante』は「音楽する小天使」を意味します。

この絵画の歴史は、決して平坦ではありませんでした。1605年ウフィツィ美術館収蔵後も、作者をめぐって様々な議論が巻き起こりました。ドメニコ・ベッカフーミやフランチェスコ・ヴァンニといった他の画家が作者として挙げられることもありましたが、1825年以降は再びロッソ・フィオレンティーノの作品として定着しました。

2000年の修復作業は、この作品の歴史に新たな一章を刻むことになります。赤外線分光法による調査で、この絵画がより大きな絵画の一部である断片であることが判明したのです。暗く塗りつぶされた背景の下地には、階段に座る天使が描かれた痕跡があり、聖母子の玉座の足元に位置していた可能性が示唆されています。この修復作業により、右下には部分的に掠れたロッソの署名と年次も発見されました。署名から、画家が故郷フィレンツェを離れて旅の途中で、おそらくヴォルテッラでこの絵を描いた可能性が高いと推測されています。

繊細な描写と奥深い表現



絵画には、翼を持つ子供が、自分の背丈よりも大きいリュートにもたれかかるようにして演奏しようとしている様子が描かれています。その姿からは、愛情に満ちた決意と、音楽への完璧な集中が感じられます。翼や頬、鼻の先端には赤が配色され、顔色や翼の羽には冷たい色調と温かい色調が交互に用いられています。まるで半音階のような色彩の配置は、見る者に奥深い印象を与えます。リュートの木の質感は温もりを感じさせ、くせ髪の巻き毛は画家の自由な表現様式を物語っています。特に、陰の部分にあたる左の翼に施された、一筆の長い白線による輪郭の強調は、ロッソ・フィオレンティーノの卓越した照明効果を示す好例です。

後世への影響



この作品は、後世の画家にも大きな影響を与えました。1600年頃、アシャーノの聖アガタ協同教会(Collegiata di Sant'Agata、後のBasilica di Sant'Agata)に、フランチェスコ・ヴァンニが描いた祭壇画には、この絵画と酷似した姿勢の天使が描かれています。これは、ロッソ・フィオレンティーノの作品が、後世の画家たちにどのように受け継がれ、影響を与えたかを示す重要な証拠です。

リュートを弾く天使』は、その小さなサイズからは想像もできないほど、深い歴史と芸術的価値を秘めた作品です。ロッソ・フィオレンティーノの技術と表現力の高さを示すだけでなく、ルネサンス美術史における重要な一端を担っていると言えるでしょう。

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