ル・シッド (マスネ)

ジュール・マスネ作曲 オペラ『ル・シッド』

ジュール・マスネによるグランド・オペラ『ル・シッド（Le Cid）』は、フランス文学の古典として名高いピエール・コルネイユの同名戯曲を原作としています。ルイ・ガレ、エドゥアール・ブロー、アドルフ・デヌリの三人が脚本を手掛け、1885年11月30日にパリのオペラ座で初演されました。マスネは当時、「マノン」などのヒット作で既にフランスを代表するオペラ作曲家としての地位を確立しており、本作は彼のキャリアにおける重要な成果の一つと見なされています。

制作背景と題材

この作品が取り上げる題材は、中世スペインの伝説的な英雄、ロドリーゴ・ディアス・デ・ビバール、通称「エル・シッド」の物語です。この伝説は古くから多くの芸術家を惹きつけ、オペラの分野でも度々題材とされてきました。伝えられるところによれば、マスネがこのテーマを選んだ時点で、彼はこの題材を用いたオペラの史上27番目の作曲家だったといいます。脚本家の一人であるルイ・ガレは、マスネが以前オペラ座のために作曲した「ラオールの王」でも協力しており、本作もオペラ座での上演を念頭に置いた、バレエや豪華な舞台装置を含むグランド・オペラの様式で構想されました。また、この脚本の一部は、元々ガレとブローが作曲家ジョルジュ・ビゼーのために準備していたものの、ビゼーの死去により実現しなかった別の「シッド」作品、「ドン・ロドリーグ」から転用されています。

作品の構成と音楽的特徴

『ル・シッド』は全4幕で構成されており、グランド・オペラならではの壮大なスケールで展開します。物語の舞台は11世紀のスペイン。フランス・オペラとしては比較的珍しい、古典的なソナタ形式で書かれた重厚な序曲から幕を開けます。作品全体を通じて、合唱やバレエが効果的に組み込まれ、祝祭や戦闘といった場面に彩りを添えています。特に有名なのは、第2幕第2場の冒頭に挿入されるバレエ音楽です。これは、当時のオペラ座のプリマ・バレリーナ、ロシタ・マウリのために作曲され、彼女の助言を受けて、カスティーリャ、アンダルシア、アラゴンなど、スペイン各地の様々な民族舞曲のリズムや特徴が取り入れられています。約20分にわたるこのバレエ音楽は、以下の7つの部分から成り、単独で演奏会などで取り上げられる機会も多く、本作の魅力を伝える重要な要素となっています。

カスティーリャ舞曲（Castillane）
アンダルシア舞曲（Andalouse）
アラゴン舞曲（Aragonaise）
オーバード（Aubade）
カタルーニャ舞曲（Catalane）
マドリッド舞曲（Madrilene）
* ナヴァーラ舞曲（Navarraise）

物語の概要

物語の中心となるのは、若き騎士ロドリーグと、彼の愛するシメーヌの悲劇的な運命です。ムーア人を退ける活躍を見せたロドリーグは、騎士に叙任され、シメーヌとの恋も順調に進んでいるかに見えました。しかし、ロドリーグの父ドン・ディエーグが、シメーヌの父であるゴルマ伯爵から侮辱を受けたことから事態は急変します。家名の名誉を懸けて、ロドリーグは愛するシメーヌの父と決闘し、彼を殺めてしまいます。父を失ったシメーヌは深い悲しみと怒りに囚われ、ロドリーグへの復讐を王に求めます。愛と復讐の間で苦悩する二人。その最中、再びムーア人が攻めてくるという緊急の知らせが入り、ロドリーグは自らの裁きを後回しにし、祖国を守るために出陣します。戦いの中で、ロドリーグは神に祈り、勝利の啓示を受けます。最終的に、ロドリーグはムーア人を打ち破って凱旋しますが、彼が戦死したという誤報にシメーヌは深く嘆き悲しんでいました。生還したロドリーグに対する裁きはシメーヌに委ねられますが、シメーヌは苦悩の末、ロドリーグを許し、改めて自身の愛を告白。二人は試練を乗り越え、結ばれることになります。

受容と上演史

『ル・シッド』の初演は観客に熱狂的に迎えられ、大きな成功を収めました。その人気は高く、パリ・オペラ座では初演から間もない時期に繰り返し上演され、約30年後には150回公演を達成するほどの記録を打ち立てています。当時の批評家からも、マスネがグランド・オペラの様式を見事に扱い、劇的な効果や鋭い対比を生み出す手腕が高く評価されました。しかし、その後は、特に主役であるロドリーグに求められる英雄的な声質と高い表現力が要求されることなど、配役の難しさから上演される機会が減少していきました。著名なテノール歌手であるプラシド・ドミンゴも、本作について、適切に上演されれば非常に大きなドラマティックな可能性を秘めているとしつつも、上演には多大な労力と困難が伴う作品だと述べています。本作はマスネにとって最後のグランド・オペラとなりました。この壮大な形式よりも、彼の真骨頂はより親密で抒情的な題材にあったという見方もありますが、『ル・シッド』はマスネがグランド・オペラの形式においても才能を発揮した力作であり、特に華麗なバレエ音楽は今日でも広く親しまれています。

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