ルートヴィヒ・レルシュタープ

ハインリヒ・フリードリヒ・ルートヴィヒ・レルシュタープ（Heinrich Friedrich Ludwig Rellstab, 1799年4月13日 - 1860年11月27日）は、19世紀ドイツを代表する詩人であり、音楽評論家です。ベルリンに生まれた彼は、音楽出版業を営み作曲家でもあった父ヨハン・カール・フリードリヒ・レルシュタープの薫陶を受け、幼少期から音楽に親しみました。自身も優れたピアニストであり、その才能は後の音楽評論活動に活かされることとなります。

レルシュタープは音楽評論家として、当時の主要な雑誌であった『Vossische Zeitung』などに積極的に寄稿しました。また、1830年から1841年にかけては、自らの音楽雑誌『Iris im Gebiete der Tonkunst』をベルリンで刊行し、音楽界に大きな影響力を行使しました。彼の評論は時に辛辣で、特に当時のベルリン宮廷楽長であったイタリア人作曲家ガスパーレ・スポンティーニの音楽や影響力に対しては、非常に厳しい批判を展開しました。このスポンティーニ批判は大きな論争を巻き起こし、結果としてレルシュタープは1837年に一時的に投獄されるという経験もしています。

19世紀半ばのドイツにおいて、レルシュタープは音楽界における最も影響力のある批評家の一人としての地位を確立しました。彼の評論は、単に作品の良し悪しを論じるだけでなく、当時の高まりつつあったドイツ国家主義の思想と結びつき、どのような音楽がドイツの国民的アイデンティティを表現しうるか、あるいは国家的な目的に資するかという観点から音楽を評価しました。フランクフルトでは、彼の批評が「音楽評論界における事実上の独占的な影響力」を持っていたとされ、その著作や評論は広く読まれ高い人気を誇りました。このため、ドイツ国家主義が浸透していた地域で活動する音楽家たちにとって、レルシュタープからの肯定的な評価を得ることは、自らのキャリアを確立し、成功を収める上で極めて重要な要素であったと言われています。彼の批評は、同時代の音楽家たちの活動や受容に大きな影響を与えました。

詩人としてのレルシュタープも、重要な足跡を残しています。特に有名なのは、フランツ・シューベルトの最後の歌曲集として知られる『白鳥の歌』に収められた7曲の歌詞が、レルシュタープの詩であることです。これらの詩は、レルシュタープが1825年にルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンに贈ったものが、ベートーヴェンの秘書であったアントン・シンドラーの手を経てシューベルトに渡ったものとされています。シューベルトはこれらの詩に感動的な旋律を与え、後世に残る傑作を生み出しました。また、フランツ・リストもレルシュタープの詩に霊感を得て作品を作曲しています。

レルシュタープの功績として最も広く一般に知られているのは、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンのピアノソナタ第14番作品27-2、通称嬰ハ短調ソナタに「月光ソナタ」（ドイツ語: Mondscheinsonate）というロマンティックな愛称を付けたことです。この命名は、ソナタの第一楽章の静かで幻想的な雰囲気を見事に捉えたものであり、発表後瞬く間に広まりました。ベートーヴェン自身がこの愛称をつけたわけではありませんが、レルシュタープの命名が、この楽曲が世界中で最も愛されるピアノソナタの一つとなる上で、大きな役割を果たしたことは間違いありません。

レルシュタープは、小説家、劇作家としても多作であり、歴史小説、社会小説、戯曲、オペラ台本など、多岐にわたるジャンルの作品を発表しました。代表的な作品には、小説『Henriette oder die schöne Sängerin』（ヘンリエッテ、あるいは美しき歌手）や『1812. Ein historischer Roman』（1812年、ある歴史小説）、音楽評論『Über mein Verhältnis als Kritiker zu Herrn Spontini』（批評家としての私とスポンティーニ氏の関係について）、そして自伝的作品などがあります。彼の幅広い創作活動は、19世紀前半から半ばにかけてのドイツにおける文芸・音楽界の動向を理解する上でも貴重な資料となっています。

ハインリヒ・フリードリヒ・ルートヴィヒ・レルシュタープは、詩人、音楽評論家、小説家、劇作家として多才な活動を展開し、19世紀ドイツの文化史にその名を刻みました。彼は1860年11月27日、故郷ベルリンでその生涯を閉じました。

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