ロウ (アルバム)

『ロウ』（Low） - デヴィッド・ボウイ

1977年1月14日にRCAレコードからリリースされた、イギリスのアーティスト、デヴィッド・ボウイによる通算10枚目のスタジオアルバムです。本作は、彼のキャリアの中でも特に創造的な転換点として広く認識されており、後に「ベルリン三部作」と称されることになる一連の実験的作品群の第一作にあたります。

制作背景と音楽性

アルバムは、ボウイが薬物依存の問題から脱却し、心機一転を図るためにアメリカ・ロサンゼルスから西ドイツのベルリンへ移住した時期に制作されました。レコーディングはフランスのシャトー・ディエーヴィルとベルリンのハンザ・スタジオで行われ、長年の音楽パートナーであるトニー・ヴィスコンティに加え、特にブライアン・イーノが主要な共同作業者として参加しています。イーノのアンビエント音楽や実験音楽への造詣が、本作のサウンドデザインに決定的な影響を与えました。

『ロウ』の音楽性は、当時のボウイの作風からの劇的な変化を示しています。それまでのソウルやファンクといったブラックミュージックからの影響が色濃かったスタイルから離れ、本作ではドイツのロック、いわゆるクラウトロックからの強い影響が顕著に見られます。クラフトワークやタンジェリン・ドリームといったアーティストのミニマルで電子的なサウンドに触発されたボウイは、シンセサイザーやエフェクトを多用し、従来のロックの範疇に収まらない、先鋭的で内省的な音響世界を構築しました。ボウイ自身も後のインタビューで、この時期にこれらのジャーマン・バンドを熱心に聴いていたことを語っています。

アルバムの構成はユニークで、A面には比較的歌中心の楽曲が並びますが、それでも実験的なサウンドプロダクションが施されています。一方、B面はほぼ全編がインストゥルメンタル楽曲で占められており、ベルリンの街の雰囲気やボウイの内面世界を抽象的に表現したかのようです。このような大胆な音楽的方向性は、当時のレコード会社幹部に懸念を抱かせたと言われています。商業的な成功を危惧したレーベル側が、よりポピュラーな『ヤング・アメリカンズ』のような作品を求める手紙をボウイに送ったという逸話も残されています。

商業的成功と後世への影響

レーベル側の懸念にもかかわらず、『ロウ』は商業的にも成功を収めました。イギリスではアルバムチャートで最高2位、アメリカのビルボード200でも最高11位を記録し、多くの批評家からもその革新性が高く評価されました。本作の成功は、ボウイがメインストリームでの地位を確立しつつも、芸術的な探求を決して止めないアーティストであることを改めて示しました。

『ロウ』で提示された音楽的アプローチは、続く『英雄夢語り (ヒーローズ)』（1977年）や『ロジャー (間奏曲)』（1979年）といった作品へと発展的に引き継がれ、これら3枚のアルバムは、総じて「ベルリン三部作」としてボウイのディスコグラフィーにおける最も創造的で影響力のある期間の一つと見なされています。

アルバムリリース以外の活動と評価

本作のリリースに合わせた本格的なツアーは行われませんでしたが、翌1978年の「アイソラーII・ツアー」では、『ロウ』からの楽曲が多数演奏されました。

また、ボウイは『ロウ』の制作と並行して、親しい友人であるイギー・ポップのソロデビューアルバム『イディオット』のプロデュースも手がけていました。このアルバムには、後にボウイの代表曲の一つとなる「チャイナ・ガール」が、ボウイとイギーの共作として初めて収録されています。ボウイはさらに、イギーのツアーにキーボード奏者として帯同するなど、この時期、両者は密接に活動を共にしていました。

『ロウ』は時を経てもその評価が衰えることはありません。1990年代には、ミニマル音楽の巨匠フィリップ・グラスが本作の楽曲群を素材にした交響曲を発表するなど、クラシック音楽の世界にも影響を与えています。主要な音楽メディアによる評価も非常に高く、『ローリング・ストーン誌が選ぶオールタイム・ベストアルバム500』（2020年版）では206位にランクインしています。また、イギリスの音楽誌NMEが選んだ「デヴィッド・ボウイの究極の名曲」リストでは、「サウンド・アンド・ヴィジョン」が2位、「ビー・マイ・ワイフ」が22位、「いつも同じ車で」が29位にそれぞれ選出されるなど、収録曲の個々の評価も傑出しています。

収録曲と参加ミュージシャン

アルバムは全11曲で構成され、作詞は全てデヴィッド・ボウイが担当しています。A面にはポップな要素を残しつつも実験的な7曲が、B面にはワルシャワの街並みにインスパイアされたとされる「ワルシャワの幻想」を含む4曲のインストゥルメンタルが収められています。特にA面冒頭のインストゥルメンタル曲「スピード・オブ・ライフ」は、日本のテレビ番組のテーマ曲としても知られています。1991年のCD再発売時には、3曲の未発表テイクがボーナストラックとして追加されました。

主な参加ミュージシャンには、デヴィッド・ボウイ自身（ボーカル、各種楽器）、ブライアン・イーノ（シンセサイザー、ピアノなど）、カルロス・アロマー（リズムギター）、デニス・デイヴィス（パーカッション）といった中心メンバーに加え、イギー・ポップがバッキングボーカルで参加しています。

『ロウ』は、デヴィッド・ボウイというアーティストの飽くなき探求心と、時代を先取りする音楽的センスが結実した作品であり、ロック史においても重要な一ページを飾るアルバムとして、今日でも多くのリスナーに聴き継がれています。

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