ロウソクの科学
『ロウソクの科学』は、19世紀の偉大な科学者マイケル・ファラデーが、子どもたちをはじめとする一般の人々に向けて行った、科学の面白さを伝えるための一連の講演をまとめた書籍です。原題は『The Chemical History of a Candle』、直訳すると「ロウソクの化学史」。これは、1860年の冬にロンドンの英国王立研究所で開催された、恒例のクリスマス・レクチャーでの6日間にわたる講義がもとになっています。これらの講義は、当時ファラデーの助手であり、後に自身も高名な科学者となるウィリアム・クルックスによって詳細に記録・編集され、翌1861年に一冊の本として出版されました。
本書の最も優れた点は、私たちの日常生活にごく身近な存在である「ロウソク」を唯一の題材として、その燃焼という現象の裏に隠された様々な物理学や化学の基本的な原理を、驚くほど分かりやすく解説していることです。ファラデーは、単に知識を伝えるだけでなく、実際に目の前でロウソクを灯し、その炎の形や色、立ち上る煙、溶けたロウが芯を伝って吸い上げられる様子などを、参加者と共にじっくりと観察することを促します。そして、その観察から浮かび上がる「なぜだろう？」という疑問に対し、簡単な実験を交えながら科学的に考察し、その謎を一つ一つ解き明かしていく過程を示します。
講義は6つの主要なテーマに沿って進められます。
まず、第一部では、ロウソクの「炎」そのものに焦点を当てます。炎は固体でも液体でもない、気体が燃えている状態であること、そして液体であるロウがどのようにして芯を伝って炎の中で気体となるのか、その「構造」や「流動性」といった物理的な側面を解説します。
次に、第二部では、炎の「明るさ」の秘密を探ります。なぜ炎は明るく光るのか、そして燃焼を続けるために不可欠な「空気」の役割について詳しく説明します。さらに、ロウソクの燃焼によって「水」が生成されるという、一見すると不思議な現象を示します。
第三部では、燃焼によって「生成物」として現れた「水」に注目します。この水の性質を調べ、それが単なる水蒸気ではなく、水素と酸素からできた「化合物」であることを明らかにします。
第四部では、ロウソクの中に含まれる「水素」が燃えて水になる化学反応を掘り下げます。そして、水が水素だけでなく、他の成分（つまり酸素）からも成り立っていることを示します。
第五部では、空気中に存在する「酸素」に焦点を当てます。「大気」が持つ様々な性質、特に燃焼を支える酸素の重要な特徴を解説し、ロウソクの燃焼によって生じるもう一つの主な生成物である「炭酸ガス」について説明します。
第六部では、この「炭酸ガス」の性質をさらに詳しく探究します。そして、ロウソクの主成分である「炭素」や、当時の照明に使われていた「石炭ガス」との関連に触れた後、非常に興味深い結論へと導きます。それは、私たちの「呼吸」という生命活動と、「ロウソクの燃焼」という化学反応が、根本において多くの類似点を持っているという洞察です。最後に、これまでの講義内容を総括し、身近な現象の中に潜む普遍的な科学の法則と、自然界の探求がいかに面白いかを改めて強調して講義は締めくくられます。
なお、原著には、これらロウソクに関する6回の講義に加え、「白金についての講演」も収録されています。
本書は出版されて以来、科学入門の古典として世界中で読み継がれてきました。その対象をロウソク一つに絞り、身近な観察から科学の本質に迫るアプローチは、時代や国境を超えて多くの人々の知的好奇心を刺激し続けています。日本でも、明治時代に初めて翻訳が出版されて以来、今日に至るまで様々な出版社から多数の日本語訳が出ています。岩波文庫版、角川文庫版をはじめ、多くの翻訳が存在し、最近では新しい翻訳や、子ども向けの分かりやすい翻案も複数刊行されています。これは、それだけ本書が日本国内でも広く受け入れられ、長く親しまれていることの証です。
『ロウソクの科学』は、教育や科学啓蒙に計り知れない役割を果たしてきました。例えば、2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典博士は、小学生の頃に本書をお兄様から贈られたことが、科学者を目指す大きなきっかけの一つになったと語っています。また、2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰博士も、小学校四年生の時に担任の先生から本書を薦められたことが、科学への興味を持つ原点となったと述懐しています。特に吉野博士の受賞報道があった後、日本では本書が改めて大きな注目を集め、書店やオンラインストアで注文が殺到しました。主要な出版社の版元では急遽大幅な増刷が行われ、岩波文庫版（新訳と旧訳を合わせた累計）は73万部、角川文庫版は7万8千部、子供向けの角川つばさ文庫版も7万部が新たに印刷されるなど、多くの新たな読者へ届けられることとなりました。
『ロウソクの科学』は、単にロウソクの燃焼メカニズムを解説した技術書ではありません。それは、私たちの身の回りの世界を注意深く観察し、「なぜそうなるのだろう？」と問いかけ、その疑問を自分自身の頭で考え、実験によって答えを探求していくという、科学的な「物の見方」そのものを教えてくれる一冊です。150年以上前に書かれた本でありながら、その内容は全く色褪せることなく、現代においても私たちに科学という営みの面白さと、自然の法則を探求する喜びを鮮やかに伝えてくれます。多くの偉大な科学者たちの原点ともなったこの不朽の古典は、これからも未来を担う世代に読み継がれていくことでしょう。
ロウソクに隠された科学
本書の最も優れた点は、私たちの日常生活にごく身近な存在である「ロウソク」を唯一の題材として、その燃焼という現象の裏に隠された様々な物理学や化学の基本的な原理を、驚くほど分かりやすく解説していることです。ファラデーは、単に知識を伝えるだけでなく、実際に目の前でロウソクを灯し、その炎の形や色、立ち上る煙、溶けたロウが芯を伝って吸い上げられる様子などを、参加者と共にじっくりと観察することを促します。そして、その観察から浮かび上がる「なぜだろう？」という疑問に対し、簡単な実験を交えながら科学的に考察し、その謎を一つ一つ解き明かしていく過程を示します。
講義は6つの主要なテーマに沿って進められます。
まず、第一部では、ロウソクの「炎」そのものに焦点を当てます。炎は固体でも液体でもない、気体が燃えている状態であること、そして液体であるロウがどのようにして芯を伝って炎の中で気体となるのか、その「構造」や「流動性」といった物理的な側面を解説します。
次に、第二部では、炎の「明るさ」の秘密を探ります。なぜ炎は明るく光るのか、そして燃焼を続けるために不可欠な「空気」の役割について詳しく説明します。さらに、ロウソクの燃焼によって「水」が生成されるという、一見すると不思議な現象を示します。
第三部では、燃焼によって「生成物」として現れた「水」に注目します。この水の性質を調べ、それが単なる水蒸気ではなく、水素と酸素からできた「化合物」であることを明らかにします。
第四部では、ロウソクの中に含まれる「水素」が燃えて水になる化学反応を掘り下げます。そして、水が水素だけでなく、他の成分（つまり酸素）からも成り立っていることを示します。
第五部では、空気中に存在する「酸素」に焦点を当てます。「大気」が持つ様々な性質、特に燃焼を支える酸素の重要な特徴を解説し、ロウソクの燃焼によって生じるもう一つの主な生成物である「炭酸ガス」について説明します。
第六部では、この「炭酸ガス」の性質をさらに詳しく探究します。そして、ロウソクの主成分である「炭素」や、当時の照明に使われていた「石炭ガス」との関連に触れた後、非常に興味深い結論へと導きます。それは、私たちの「呼吸」という生命活動と、「ロウソクの燃焼」という化学反応が、根本において多くの類似点を持っているという洞察です。最後に、これまでの講義内容を総括し、身近な現象の中に潜む普遍的な科学の法則と、自然界の探求がいかに面白いかを改めて強調して講義は締めくくられます。
なお、原著には、これらロウソクに関する6回の講義に加え、「白金についての講演」も収録されています。
時代を超えた影響と日本での普及
本書は出版されて以来、科学入門の古典として世界中で読み継がれてきました。その対象をロウソク一つに絞り、身近な観察から科学の本質に迫るアプローチは、時代や国境を超えて多くの人々の知的好奇心を刺激し続けています。日本でも、明治時代に初めて翻訳が出版されて以来、今日に至るまで様々な出版社から多数の日本語訳が出ています。岩波文庫版、角川文庫版をはじめ、多くの翻訳が存在し、最近では新しい翻訳や、子ども向けの分かりやすい翻案も複数刊行されています。これは、それだけ本書が日本国内でも広く受け入れられ、長く親しまれていることの証です。
『ロウソクの科学』は、教育や科学啓蒙に計り知れない役割を果たしてきました。例えば、2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典博士は、小学生の頃に本書をお兄様から贈られたことが、科学者を目指す大きなきっかけの一つになったと語っています。また、2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰博士も、小学校四年生の時に担任の先生から本書を薦められたことが、科学への興味を持つ原点となったと述懐しています。特に吉野博士の受賞報道があった後、日本では本書が改めて大きな注目を集め、書店やオンラインストアで注文が殺到しました。主要な出版社の版元では急遽大幅な増刷が行われ、岩波文庫版（新訳と旧訳を合わせた累計）は73万部、角川文庫版は7万8千部、子供向けの角川つばさ文庫版も7万部が新たに印刷されるなど、多くの新たな読者へ届けられることとなりました。
『ロウソクの科学』は、単にロウソクの燃焼メカニズムを解説した技術書ではありません。それは、私たちの身の回りの世界を注意深く観察し、「なぜそうなるのだろう？」と問いかけ、その疑問を自分自身の頭で考え、実験によって答えを探求していくという、科学的な「物の見方」そのものを教えてくれる一冊です。150年以上前に書かれた本でありながら、その内容は全く色褪せることなく、現代においても私たちに科学という営みの面白さと、自然の法則を探求する喜びを鮮やかに伝えてくれます。多くの偉大な科学者たちの原点ともなったこの不朽の古典は、これからも未来を担う世代に読み継がれていくことでしょう。
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