ロシアの熊

ロシアの熊：象徴としての歴史と変遷

「ロシアの熊」（Russian Bear）は、16世紀頃からロシアを象徴する存在として描かれてきたクマのイメージです。このイメージは、当初はロシア帝国、そしてその継承国家であるソビエト連邦やロシア連邦と関連付けられてきました。クマがロシアを意味する存在として用いられる背景には、複数の意図が存在します。

西欧からの風刺的イメージ

クマをロシアの象徴として用いたのは、実はロシア自身ではなく西欧諸国が最初でした。特にイギリスやアメリカは、ロシアを「大きく、残忍で、がさつ」な存在として風刺的に描く際に、クマを好んで用いられました。このイメージは、ロシアの行動や政策に対する西欧側の批判的な視点を反映したものでした。

初期の使用例

ロシアをクマで表す最初の具体的な例は不明ですが、現存する最も古い例としてはウィリアム・シェイクスピアの戯曲『マクベス』が挙げられます。この劇中のセリフに「荒々しいロシアの熊」（rugged Russian bear）という表現が登場します。

地図におけるクマの意匠

17世紀から20世紀にかけて製作された地図の中には、ロシアの領土に小さなクマが描かれたものが存在します。ある学者は、同時期に北アフリカにライオンが描かれることが多かったことと合わせて、当時の西欧諸国がロシアを「野生動物の地域」と捉えていたと指摘しています。これらのクマは、やがて国全体を表す象徴として用いられるようになりました。特に風刺地図においては、クマは単なる動物ではなく、ロシアという概念と密接に結び付けられるようになりました。

風刺画におけるロシアの熊

風刺画、特にイギリスの風刺雑誌『パンチ』では、ロシアの熊が頻繁に用いられました。18世紀後半には、女帝エカテリーナを頭部にした熊に、グリゴリー・ポチョムキンが跨っている風刺画が登場しました。ナポレオン戦争中には、各国を動物に擬えて描く中で、イギリスがライオンで表現される一方、ロシアはクマとして描かれました。クリミア戦争中もロシアは頻繁にクマとして描かれ、『パンチ』にはオスマン帝国を表す七面鳥を抱いたクマの絵に「危機中のターキー？」と題した作品も存在しました。

19世紀から20世紀初頭にかけてもロシアの熊はよく用いられ、第一次世界大戦中も『パンチ』はロシアの象徴としてクマを多用しました。ただし、クマは常にロシアの戦争や膨張主義を表すためだけでなく、国内問題を示すために用いられることもありました。例えば、戦争や内乱で傷ついたクマの姿が描かれることもありました。ポーランドの1月蜂起の際には、ロシアのクマがポーランドを表す女性と戦う姿が描かれました。

ソ連時代におけるイメージの変化

20世紀に入ると、ロシア人自身もクマを自国を表す動物として好んで用いるようになりました。例えば、1980年のモスクワオリンピックでは、マスコットキャラクターとして仔熊の「ミーシャ」が起用されました。一方で、対外的な脅威としてのクマのイメージも残っており、1984年にアメリカ大統領ロナルド・レーガンが再選時に行った「森の中の熊」（Bear in the woods）キャンペーンでは、ソ連の脅威をクマに例えて宣伝しました。

ソ連崩壊後のロシア

ソ連崩壊後に成立したロシア連邦では、新しい国章にクマを採用する案が当初ありました。これは、ロシアが世界からクマのイメージで見られていることを肯定的に捉えたものでした。しかし、最終的には帝国時代の双頭の鷲が採用されました。

まとめ

「ロシアの熊」は、西欧諸国がロシアを風刺的に描くために用いたイメージが発端でしたが、時を経てロシア自身もそのイメージを受け入れ、自国の象徴として活用するようになりました。この変遷は、ロシアという国家とそのイメージが時代とともに変化してきたことを示しています。現在においても、「ロシアの熊」はロシアを象徴するイメージとして世界に広く認知されています。

ギャラリー

以下に、ロシア国内外で描かれた「ロシアの熊」の様々なイメージを紹介します。

[ロシア国内のイメージ]
[ロシア国外のイメージ]

脚注

注釈
出典
関連項目
紋章学におけるクマ
カリフォルニア州の旗（通称：ベア・フラッグ）
外部リンク
ウィキメディア・コモンズには、ロシアの熊に関するカテゴリがあります。
Rossomakhin, A.; Khrustalev, D. (2008) (ロシア語). Russia as a Bear: origins of the visualization (16th–18th centuries). IvSU. http://cens.ivanovo.ac.ru/almanach/rossomahin-khrustalev-2008.htm.
* Rossomakhin, A.; Khrustalev, D. (2008). “Russia as a Bear” (ロシア語). Neprikosnovennyy Zapas 1 (57). オリジナルの2011-07-23時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110723145900/http://www.nlobooks.ru/rus/nz-online/619/828/842/.

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