ロジェ・ギルマン

フランス出身の著名な生理学者、ロジェ・シャルル・ルイ・ギルマン（Roger Charles Louis Guillemin, 1924年1月11日 - 2024年 2月21日）は、脳の神経細胞が産生するペプチドホルモンに関する先駆的な研究で、医学・生理学の分野に多大な貢献をしました。特に、視床下部から下垂体前葉の機能を調節するホルモン（放出ホルモンや抑制ホルモン）の発見と構造決定は画期的であり、この功績により、1977年にアンドリュー・ウィクター・シャリーと共にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。ギルマンとシャリーは、この分野で激しい研究競争を繰り広げたことでも知られています。

生い立ちと研究への道

ロジェ・ギルマンは1924年、フランスのディジョンに生まれました。父親は道具作りの職人でした。彼は第二次世界大戦中の1943年にディジョンの医科大学に入学。ここで出会った教授陣の影響を受け、特に内分泌学という分野に強い関心を抱くようになります。医師の資格を取得した後も、臨床医ではなく研究者としての道を志しました。

彼のキャリアにおいて重要な転機となったのは、ストレス学説で知られるハンス・セリエとの出会いです。セリエがパリで行った講演に感銘を受けたギルマンは、カナダのモントリオール大学に新設されたセリエの研究室で研究を行うことを決意します。1949年に医学博士号（MD）を取得した後も、彼はセリエの研究室に留まり、内分泌系の研究に没頭しました。この時期、同研究室に滞在していたジオフリー・ハリスが提唱していた「視床下部が下垂体前葉の機能を調節している」という、当時としてはまだ広く受け入れられていなかった仮説に触れたことは、その後の彼の研究テーマを決定づける上で極めて重要でした。

アメリカでの活躍と視床下部ホルモンの発見

1953年に生理学の博士号を取得した後、ギルマンはアメリカ合衆国に渡り、テキサス州ヒューストンにあるベイラー医科大学で助教授の職を得ます。ここで彼は、培養した下垂体前葉に対して視床下部の抽出物がどのような効果をもたらすかを明確にする実験に成功しました。この経験は、視床下部から放出されるホルモンの存在とその重要性を確信する上で、決定的な一歩となりました。

一度、故国フランスの著名な研究機関であるコレージュ・ド・フランスの教授職を目指し、1960年に帰国しますが、これは実現しませんでした。その後、1963年に再びテキサスに戻り、研究活動を継続。1965年にはアメリカに帰化しました。

1970年、ギルマンはカリフォルニア州サンディエゴにあるソーク研究所に自身の研究室を設立します。ここで彼は、視床下部から分泌される微量のホルモンを単離・同定するという、極めて困難な研究課題に取り組みました。この研究には、膨大な量の脳組織が必要とされ、数十万頭にも及ぶ羊の脳から視床下部を採取し、その抽出物から目的のホルモンを精製するという、地道で大規模な作業が行われました。この努力の末、彼は甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン（TRH）や性腺刺激ホルモン放出ホルモン（GnRH）といった、下垂体の機能を制御する重要なペプチドホルモンの構造を突き止め、その生理作用を明らかにすることに成功しました。

ノーベル賞受賞と研究競争、晩年

視床下部ホルモンの発見と構造決定というギルマンの業績は、同時期に同様の研究を進めていたアンドリュー・ウィクター・シャリーのチームとの間で、激しい研究競争として展開されました。両チームはそれぞれ独立に主要な視床下部ホルモンを同定し、その構造を決定したのです。この競争は科学史における有名なエピソードの一つとなっています。

この画期的な発見が評価され、ギルマンとシャリーは1977年にノーベル生理学・医学賞を共同受賞しました。彼らの研究は、内分泌学や神経科学の発展に大きく貢献し、ホルモン補充療法や不妊治療など、様々な医療分野に応用されています。

ギルマンは研究者として多忙な日々を送る傍ら、家族との時間も大切にしました。彼の家庭は芸術一家としても知られ、妻と6人の子供たちのうち、5人が音楽家や画家といった芸術の道に進みました。ギルマン自身も、研究者としてのキャリアを終えた後は、コンピュータを活用したデジタルアートなど、芸術活動を楽しんだと言われています。

長年にわたり科学の発展に貢献したロジェ・ギルマンは、2024年 2月21日、カリフォルニア州デルマーで100歳でその生涯を閉じました。

主な栄誉・受賞歴

ギルマン博士は、ノーベル賞以外にも数多くの栄誉と賞を受賞しています。

受賞歴:
1974年ガードナー国際賞
1975年アルバート・ラスカー基礎医学研究賞
1976年ディクソン賞医学部門
1976年パサノ賞
1976年アメリカ国家科学賞
栄典:
1973年レジオンドヌール勲章
会員選出:
1974年全米科学アカデミー
1976年アメリカ芸術科学アカデミー
名誉博士号:
1976年ロチェスター大学（理学博士）
1977年シカゴ大学（理学博士）

彼の研究は、脳と内分泌系の複雑な相互作用を解明する上で不可欠な基盤を提供し、今日の神経内分泌学の発展に多大な影響を与えています。ロジェ・ギルマンは、その卓越した研究手腕と探求心によって、科学史にその名を刻む偉大な生理学者です。

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