ロジャー・スペリー

ロジャー・ウォルコット・スペリー

ロジャー・ウォルコット・スペリー（Roger Wolcott Sperry, 1913年8月20日 - 1994年4月17日）は、20世紀を代表するアメリカ合衆国の神経心理学者です。彼は脳の機能に関する画期的な研究で知られ、特に大脳半球間の連携や機能分化に関する発見は、その後の神経科学に多大な影響を与えました。1981年には、デイヴィッド・ヒューベル、トルステン・ウィーセルと共にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

生涯と研究の歩み

スペリーはコネチカット州ハートフォードに生まれ、同州ウェストハートフォードで育ちました。11歳で父親を亡くしています。学業においては、オベリン大学に進学し、1935年に英語で学士号を、1937年には心理学で修士号を取得しました。その後、シカゴ大学でポール・ワイスの指導のもと、動物学の博士課程に進み、1941年にPh.D.を取得しています。博士号取得後は、高名な心理学者カール・ラシュレーのもとで、ハーバード大学にて研究を続けました。これらの経験が、彼の脳機能に関する深い探求の基礎となりました。1954年からは、カリフォルニア工科大学の神経心理学教授として、自身の研究室を率いることになります。

初期研究と脳回路の固定性

スペリーが研究を始めた当時、脳機能に関する主流の考え方には、大脳の多くの領域が柔軟で互いに機能を代替しうるとする説（例：ラシュレーの等能説や量作用説）がありました。しかし、スペリーは初期の実験を通じて、この考えに疑問を呈しました。彼は、発達期を過ぎた脳の神経回路は想像されていたよりもはるかに固定されており、一度形成された配線がその後の機能発現において決定的な役割を果たすことを示唆する結果を得ました。この発見は、脳の可塑性には限界があることを示唆し、当時の脳科学界に新たな視点をもたらしました。

分離脳研究のブレークスルー

スペリーの最もよく知られている業績であり、ノーベル賞受賞の決め手となったのが、「分離脳」に関する一連の研究です。重度のてんかん患者の中には、発作が脳の片側から反対側に広がるのを防ぐため、左右の大脳半球をつなぐ主要な神経線維束である脳梁を切断する手術を受けることがありました。スペリーは、このような脳梁離断術を受けた患者を対象に、非常に巧妙な実験系を構築しました。

彼は、視覚情報や触覚情報などを特定の片方の脳半球にのみ提示する手法を用いることで、左右の大脳半球がそれぞれ独立した情報処理能力を持ち、あたかも二つの異なる意識が存在するかのように振る舞うことを実証しました。例えば、左視野（右脳に情報が伝わる）に提示された物体を言葉で説明することは困難である一方、左手で触って認識することは可能であるといった現象を観察しました。これは、多くの人において言語機能が左半球に強く偏っていること、そして右半球もまた独自の認知能力を持つことを明確に示しました。

脳機能分化の理解への貢献と波紋

スペリーの分離脳研究は、長年の謎であった左右の大脳半球の機能分化、すなわち、左半球が言語、論理、分析といった機能に長け、右半球が視空間処理、全体像の把握、直観といった機能に優位性を持つという考え方を科学的に強く支持する決定的な証拠となりました。彼の研究は、脳が単一の統合体であるだけでなく、専門化された多くのモジュールから構成されていることを明らかにし、現代の認知神経科学や神経心理学の基礎を築く上で極めて重要な貢献を果たしました。

しかしながら、スペリーが明らかにした左右の脳の専門性に関する事実は、後に一般社会に広まる過程で、しばしば単純化され、あるいは誤って解釈される側面もありました。「左脳派」「右脳派」といった概念は彼の研究に端を発していますが、脳の働きは実際には左右半球間の複雑な連携によって成り立っており、スペリー自身も単純な二分論を超えた脳の統合的な働きについても考察していました。

主な受賞歴

スペリーの卓越した科学的業績は、数々の権威ある賞によって称えられました。

1973年 - パサノ賞
1976年 - カール・スペンサー・ラシュレー賞
1979年 - ウルフ賞医学部門、ラルフ・W・ジェラルド賞
1981年 - ノーベル生理学・医学賞
* 1989年 - アメリカ国家科学賞（行動・社会科学部門）

ロジャー・スペリーは、脳の神秘に挑み、その機能構造に関する私たちの理解を根底から覆した偉大な科学者として、その名を歴史に刻んでいます。彼の研究は、現在も脳科学の進歩に影響を与え続けています。

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