ロナルド・フェアバーン

ウィリアム・フェアバーン：対象関係論のパイオニア

ウィリアム・ロナルド・ドッズ・フェアバーン（1889-1964）は、スコットランド・エディンバラ出身の精神分析学者であり、対象関係論という新たな精神分析理論の礎を築いた人物として知られています。フロイトやメラニー・クラインらによる従来の精神分析学に疑問を呈し、独自の理論体系を構築することで、現代精神分析学に多大な影響を与えました。特に、スキゾイドパーソナリティ障害の理解において先駆的な役割を果たしたことは特筆すべきでしょう。

リビドーと対象：フロイト理論からの脱却

フェアバーンの理論の中心は、リビドーの捉え方にあります。従来フロイトやクラインの理論では、リビドーは生物的な本能的欲求の充足を目的とするエネルギーとみなされていました。しかし、フェアバーンは、リビドーの究極的な目的は「対象」にあると主張しました。これは、人間が生まれながらにして他者との関係性を求める存在であるという、人間存在に対する根本的な見解を示しています。

内的対象関係：自我の分裂と抑圧

フェアバーンは、人間のパーソナリティを「内的な対象関係の布置」として捉えています。これは、私たちが幼少期に経験した重要な他者との関係性が、その後の人生において内面化され、無意識レベルで自己と他者の関係性を規定し続けるという考え方です。

フロイトが重視したイド（エス）の概念とは異なり、フェアバーンは自我を理論の中心に据えます。そして、自我が外的対象との関係において分裂し、拒絶された対象が抑圧されるという「基底的・内的精神構造」という独自の理論を提唱しました。これは、精神病理の理解において画期的な概念であり、後の対象関係論の発展に大きく貢献しました。

心の発達：成熟した依存

心的発達について、フェアバーンは「未熟な乳幼児依存から成熟した依存へと移行するプロセス」という独自の視点から捉えました。これは、従来の精神分析学における「依存から独立へ」という見方に反するもので、依存関係を単なる未成熟な状態ではなく、人間関係における重要な側面として肯定的に捉えている点を示しています。

主要著作『人格の精神分析学的研究』

フェアバーンの主要な業績は、1952年に出版された『人格の精神分析学的研究』に集約されています。この著作は、それまでに発表された彼の論文をまとめたもので、対象関係論の核心となる概念が網羅されています。この著作は、日本語にも翻訳されており、日本の精神分析学界にも大きな影響を与えました。

フェアバーンの精神分析学の遺産

フェアバーンの対象関係論は、精神分析学に大きな影響を与えました。彼の理論は、人間の精神構造を、生物的な本能衝動のみに還元するのではなく、他者との関係性、特に幼少期の対象関係の重要性を強調しています。自我の分裂と抑圧、成熟した依存といった概念は、現代精神分析においても重要な概念として用いられており、臨床現場での診断や治療に役立っています。

参考文献

Fairbairn, W. Ronald D (1952). Psychoanalytic studies of the personality. London: Routledge & Kegan Paul
フェアベーン 著、山口 泰司 訳『人格の対象関係論 人格の精神分析学的研究・上巻』文化書房博文社、1986年
W. フェアベーン 著、原田 千恵子, 山口 泰司 訳『臨床的対象関係論 人格の精神分析学的研究・下巻』文化書房博文社、1987年
W.R.D.フェアベーン 著、山口 泰司 訳『人格の精神分析学的研究』文化書房博文社、1992年
R.フェアベーン 著、山口 泰司 訳『人格の精神分析学』講談社〈講談社学術文庫〉、1995年
W.R.D.フェアベーン 著、山口 泰司 訳『人格の精神分析学的研究』（新装版）文化書房博文社、2002年

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