ロリカ・セグメンタタ

ローリーカ・セグメンタータ（lorica segmentata）

ローリーカ・セグメンタータは、古代ローマ帝国において軍団兵のために開発され、支給された特徴的な甲冑（鎧）です。ラテン語本来の発音に近いとされる「ローリーカ」という読みが用いられますが、日本語では「ロリカ」と長音を省略して呼ばれることもあります。その構造から、「板札鎧（いたざねよろい）」と和訳されることもあります。

概要

この鎧が主に用いられるようになったのは、帝政ローマ期、具体的にはティベリウス帝の治世あたりからです。湾曲加工された鉄の板金を幾重にも重ね合わせることで構成されており、現代において映画などを通じて広く知られる「ローマ軍団兵の鎧」としてのイメージを確立しています。しかし、歴史的に見ると、この鎧が広範に採用されたのは紀元1世紀から2世紀にかけての期間に限定され、ローマの長い歴史の中では比較的短い活躍でした。とはいえ、この時期を過ぎてすぐに完全に姿を消したわけではありません。当時のレリーフや考古学的な出土品からは、改良を続けながらも3世紀後半まで特定の地域や部隊で使用されていた可能性が示唆されています。「ローリーカ・セグメンタータ」という名称が学術的な定義として用いられ始めたのは16世紀以降のヨーロッパであり、古代ローマ時代にこの名で呼ばれていたわけではない点も特徴です。

構造

ローリーカ・セグメンタータは、細長く加工された鉄板を幾重にも重ね合わせることで構成されています。これにより、着用者の胸部、腹部、そして肩を効果的に保護します。個々の鉄板は、着用者の胴体、肩、上腕のラインに沿うように湾曲しています。鎧全体は、立った人間の体を上から下へと覆い隠す形で、水平方向に板が重なるように組み立てられました。胴回りなど保護範囲が広い部分は、左右別々の板金パーツを組み合わせて構成されています。肩を保護する上腕部のパーツは、同じく上から下へと重なるように、胴体部分の甲冑の上に重ねられました。鉄板同士は、真鍮製の留め具やバックルを介して革紐で結びつけられ、固定されました。

機能と課題

鉄製の板金構造であるため、敵からの打撃や突き刺しといった攻撃に対し、高い防御力を発揮しました。また、細分化された板金構造により、着用者の体の動きに比較的柔軟に対応できるという利点がありました。使用しない際には分解してコンパクトに収納できる点も、他の種類の鎧にはない特徴でした。

一方で、その構造ゆえに、こまめな手入れが不可欠でした。特に、イオン化傾向の異なる鉄と真鍮が接する部分は、手入れを怠るとすぐに錆びが発生しやすいという問題（異種金属接触腐食）を抱えていました。鍍金や酸化被膜といった表面処理技術が未発達だった当時、金属表面を保護するために常に油脂を塗布し続ける必要がありました。また、その複雑な構造から、一人での着脱は難しく、二人掛かりで行う必要がありました。針金や留め具の操作に手間がかかるため、緊急時の即応性には課題がありました。現代の再現研究では、見た目の柔軟性とは裏腹に、特に胸部の板金が体幹を圧迫し、息苦しさを感じることが報告されています。地方では、この鎧の欠点を克服しようと構造を簡略化したタイプも開発されたようですが、根本的な問題解決には至らなかったと考えられています。

バリエーションと変遷

ローリーカ・セグメンタータにはいくつかの改良型が存在し、主なものとして4種類が確認されています。これらは主に発見された地名にちなんで、カルクリーゼ型（Kalkriese型）、コーブリッジA型（CorbridgeA型）、コーブリッジB型（CorbridgeB型）、ニューステッド型（Newstead型）という4つの主要なタイプに分類されています。考古学的な出土品は、耐久性のある真鍮製の部品に限られることが多く、鉄製の板金部分は長年の間にほとんど朽ちてしまっています。

しかし、紀元9年のトイトブルク森の戦いの古戦場跡であるカルクリーゼからは、奇跡的に胸部プレートが革ベルトとともにほぼ原型を留めた状態で発見されており、これが最も古いタイプのローリーカ・セグメンタータ、すなわちカルクリーゼ型と考えられています。カルクリーゼ型の主な特徴は、ベルトタブが真鍮製のリベットで直接胴体部分に接続され、胴部の固定に革ベルトが使用されている点です。

コーブリッジA型は、カルクリーゼ型より後の1世紀頃に登場し、最も広範に使用されたタイプとされています。この型では、胴部の固定が革紐で行われるようになりました。同じコーブリッジで発見されたB型は、A型より後の時代に開発されたと考えられており、構造が簡略化・機能化され、胸部と胴部の固定に真鍮製のフックが用いられています。

イギリスで発見されたニューステッド型は、最も後期に登場したタイプです。装飾が簡素化され、コーブリッジB型よりも革の使用が減っています。左右の胸部プレートや胴部の固定には閂（かんぬき）式が採用されました。長らく、後期型では肩部のプレートの固定が可動式のヒンジからリベットによる固定式に変更されたと考えられていましたが、近年の詳細な調査により、引き続きヒンジが使用されていたことが明らかになっています。

これらのタイプは、カルクリーゼ型から始まり、コーブリッジA型、コーブリッジB型を経てニューステッド型へと改良が加えられていったと考えられています。ニューステッド型が3世紀頃まで使用されていたという推測が正しければ、ローリーカ・セグメンタータは開発からおよそ300年間にわたり進化しつつ使用され続けたことになります。

関連項目

軍団兵
ロリカ・ハマタ（ローリーカ・ハーマータ）
* ローマ軍団

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