ワイバーン

ワイバーン（Wyvern）

ワイバーンは、主にイギリスの紋章、印章、旗章に用いられる竜の図像であり、そこから派生した架空の生物です。紋章学の分野で独自の発展を遂げた存在であり、現在でも様々な団体や作品で目にすることができます。

概要

一般的に、ワイバーンはドラゴンの頭、コウモリの翼、一対のワシの脚、そしてヘビの尾を持つとされます。尾の先には矢尻のようなトゲがあり、空を飛ぶ能力を持つ竜として描かれます。口からは赤い舌を出し、炎を吐く姿も表現されます。

紋章におけるワイバーンの色は様々ですが、自然な色としては緑と赤の組み合わせが一般的です。イギリスでは現在でも人気のある図像であり、大学、企業、スポーツチーム、行政区など、多様な組織がワイバーンの図像や名前を使用しています。

語源

ワイバーンの語源は、中期英語の "wyver" で、これは古フランス語の "wivre" に由来します。この "wyver" に、bittern（ bitternはヨシゴイ属の鳥）や heron（サギ）などの単語に見られる接尾辞 "-n" が付与されたものが "wyvern" であると考えられています。

別の説として、ワイバーンをラテン語の "viverra"（フェレット）と同一視する説もありましたが、これは語源俗解であり、現在では支持されていません。

紋章学におけるドラゴンとの区別

イギリスを除くヨーロッパでは、「二足の竜」の図像はドラゴンの一般的な形態の一つとして扱われます。イギリスとその旧植民地では、これをワイバーンとしてドラゴンと区別する傾向があります。

ただし、イギリスでも当初からワイバーンとドラゴンが明確に区別されていたわけではありません。過去の文献では、二足の竜をドラゴンと呼んだり、四足の竜をワイバーンと呼んだりする例も見られます。そのため、過去の文献を調査する際には、ワイバーンという記述があっても、必ずしも二足の竜を指しているとは限らないことに注意が必要です。

象徴

紋章において、ワイバーンは戦争、嫉妬、疫病などを象徴するとされます。しかし、これはワイバーン特有の意味ではなく、ドラゴンにも共通する特徴です。紋章学においては、これらの怪物は敵の打破や専制の意を示すものとして用いられます。

ロンドンの薬局による同業者組合 "Worshipful Society of Apothecaries" の紋章には、医療神アポロが病気を象徴する竜を討伐する様子が描かれています。この竜はワイバーンのような形状をしていますが、同組合はこれをドラゴンとしています。

成立

ブリテン島の二足の竜のルーツ

二足の竜は、ヨーロッパだけでなくブリテン島でも一般的な竜の図像でした。1066年のヘイスティングズの戦いでは、ハロルド2世率いるイングランド軍が二足の竜の軍旗を用いていたことが、バイユーのタペストリーに刺繍されています。

中世のワイバー

中世イングランドでは、「ワイバー」という名の二足の竜の図像が印章や紋章に描かれるようになりました。13世紀のウィンチェスター伯ロジャー・ド・クインシーや、イングランド王ヘンリー3世の孫にあたるランカスター伯兄弟も、印章にワイバーを用いていました。

この時代のワイバーはトカゲのような姿をしており、小さな翼がある場合とない場合があります。

テューダー期におけるワイバーンの成立

二足の竜としてのワイバーンの成立は、テューダー朝と関係があると指摘されています。グゥイン=ジョーンズは、テューダー期にドラゴンが二足から四足に変わったことが、紋章官の責任であるとしています。また、ロドニー・デニスも、ワイバーンという言葉が二足の竜を指すようになったのはテューダー期に始まったとしています。

変形

ワイバーンの紋章への採用例は多く、様々な変形が存在します。翼のないワイバーンは "wyvern sans wings"、足のないワイバーンは "wyvern sans legs" と記録されます。多頭のワイバーンの図像も存在し、特殊な事柄を表現するために用いられることがあります。

ワイバーンの下半身を魚のそれに置き換えたものは、シーワイバーンまたはシードラゴンと呼ばれます。イタリアの貴族ブスドラーギ家の紋章には、頭巾を被った人面の二足の竜が用いられています。

怪物としてのワイバーン

ワイバーンは紋章学の中で発展した存在であるため、起源となるような伝説や神話は存在しません。いつから紋章学に限定されず、想像上の怪物として扱われるようになったのかは不明です。

17世紀の辞書には、当時ワイバーンは紋章学以外の分野ではほとんど知られていなかったと記されています。また、ソックバーンのワームという怪物についての写本では、ワイバーンがこのワームの異名の一つとして用いられています。

ワイバーンと翼

19世紀の劇詩では、「空を飛ぶワイバーン」という表現が用いられており、この時代には飛行能力を持つという認識が広まっていたことがうかがえます。

ワイバーンと毒

ソックバーンのワームは毒を持っているとされており、初期からワイバーンと毒との関連付けが行われていました。また、ワイバーンはその尾に毒を備えているとされることもあります。

ワイバーンの目

他の竜と同様に、ワイバーンにもその眼力の鋭さを謳った説話があったようです。

住処

ワイバーンは沼に生息するとする文献があります。