ワルツイ短調 (ショパン)

ショパン：ワルツ イ短調 KK. IVb-11（遺作）

ポーランドの偉大な作曲家、フレデリック・ショパン（1810-1849）が手掛けたピアノのための小品の中に、「ワルツ イ短調 KK. IVb-11」があります。ショパンの死後、彼の遺品の中から発見された作品であるため、「遺作」として扱われ、便宜的に「ワルツ第19番」と呼ばれることもあります。このワルツがいつ作曲されたのか正確な資料は残っていませんが、一般的にはショパン晩年の時期にあたる1843年から1848年の間に書かれたと考えられています。作曲の背景には、当時のショパンの有力なパトロンであったロスチャイルド家との繋がりがあり、具体的にはナタニエル・ド・ロチルド男爵夫人シャルロット、あるいは彼女の娘のために作曲されたと伝えられています。

成立と出版の経緯

このワルツが初めて公に姿を現したのは、作曲を依頼したとされるシャルロット・ド・ロチルド夫人の尽力によるところが大きいでしょう。彼女はショパンから贈られた自筆譜を複数所持しており、その中にはこのワルツのスケッチと清書譜、さらには『夜想曲 ハ短調 KK. IVb-8』の製版用自筆譜が含まれていました。シャルロット夫人はこれらの貴重な資料をもとに、自身の名義で「ナタニエル・ド・ロチルド男爵夫人によるピアノのための4つの小品」という私家版の楽譜を、パリのジャック・マオ社から出版しました。この曲集の第3曲に収められた『ワルツ』が、夫人所蔵のワルツ イ短調の清書譜と完全に一致することが確認されています。また、第1曲の『夜想曲』も、同じく夫人が所有していた夜想曲ハ短調の製版用自筆譜に基づいています。しかし、この「4つの小品」に含まれる他の2曲、すなわち第2曲の『ポルカ ハ短調』と第4曲の『ワルツ ヘ短調』については、ショパン自身の手による手稿譜が現在のところ見つかっておらず、その詳細は不明です。

音楽学者のジャン＝ジャック・エーゲルディンゲル氏は、このワルツの作曲年について、1847年である可能性が極めて高いと推定しています。この年、ショパンはシャルロット夫人の父、ジェームス・ド・ロチルド男爵の豪華なフェリエール宮殿に滞在し、シャルロット夫人にピアノの指導を行っていました。この期間中にこのワルツが書かれたと考えられています。また、「4つの小品」の私家版は、ショパンの死から長い年月を経た1870年から1872年の間に刊行されたと推測されています。

さらに、1872年には「4つの小品」の中からこのワルツ（第3曲）と第4曲を選び、ピアノとチェロのための編曲版が、同じくジャック・マオ社から私家版として出版されました。この編曲版は、ショパンの親友であり著名なチェロ奏者であったオーギュスト・フランショームに献呈されています。

シャルロット・ド・ロチルド夫人が世を去った後、彼女が大切に保管していたショパンの自筆譜コレクションは、1901年に遺族によってパリ国立音楽院図書館に寄贈されました。これらの資料は、1964年以降フランス国立図書館の音楽部門が所蔵し、現在も研究者にとって貴重な一次資料となっています。特に、このワルツの清書譜には、「Walec」（ワルツを意味するポーランド語と思われますが、綴りは少し異なります）というタイトルと、「Allegretto」という速度記号が記されており、合計56小節の楽譜が紙面の片側に美しく書き込まれています。

ロチルド家による私家版という形で比較的早くから楽譜は存在していましたが、ショパンの作品として広く一般に公式出版されたのは、彼の死から100年以上後のことでした。1955年5月、フランスの音楽雑誌「ルヴュ・ミュジカル」に初めてこのワルツの楽譜が掲載され、それによって多くの音楽愛好家やピアニストがこの隠れた名品を知ることとなったのです。

楽曲の特徴

このワルツは、イ短調の調性、アレグレットの速度指定で書かれており、全体として56小節からなるコンパクトな楽曲です。構成は分かりやすい三部形式（A-B-A-コーダ）をとっています。

A部: 曲の冒頭部分（16小節）です。イ短調の物憂げながらも優美な旋律が特徴的です。
B部: 続く中間部（8小節）です。A部とは対照的に、より明るく、親しみやすい雰囲気を持っています。
A部（再現）: 冒頭の主題が再び現れます。しかし、全く同じではなく、途中からイ長調へと転調し、より華やかで輝かしい響きに変化します。
コーダ: 楽曲の最後を締めくくる短い部分です。穏やかに曲を終結へと導きます。

楽曲全体を通じて、高度な演奏技巧を要求されるような箇所は少なく、ショパンのワルツ作品の中では比較的取り組みやすい部類に入ります。その簡潔で明快な構成と、耳馴染みの良い旋律から、ピアノ学習者にも好んで演奏されています。小規模ながらもショパンらしい繊細な抒情性と優雅さを併せ持った、魅力的なワルツと言えるでしょう。

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