ワード・オブ・マウス (ジャコ・パストリアスのアルバム)

『ワード・オブ・マウス』：ジャコ・パストリアスの音楽世界

概要

1981年に世に送り出されたジャコ・パストリアスのセカンド・ソロアルバム『ワード・オブ・マウス』は、彼のキャリアにおける最後のスタジオ録音作品となりました。この革新的なアルバムは、その発表年に日本国内でスイングジャーナル誌が主催するジャズ・ディスク大賞において金賞を獲得するなど、国内外で高い評価を受けています。

アルバムの制作は、ジャコ自身のホームグラウンドであるフロリダをはじめ、ロサンゼルスなど米国の主要都市を巡りながら行われました。レコーディングには、実に総勢60名を超えるミュージシャンが参加しており、その顔ぶれからも作品の規模の大きさがうかがえます。収録されている楽曲の大半はジャコ自身の作曲によるものであり、音楽的な内容は非常に多岐にわたります。コンボ編成から始まり、大規模なビッグ・バンド、さらにはストリングスをフィーチャーしたものまで含まれ、ジャズというジャンルを基盤としながらも、クラシック音楽やロックといった異ジャンルの要素が大胆に取り入れられています。

録音作業は、フォートローダーデールにあったジャコ邸に常駐させた24トラックの移動式録音機材「アルチザン・モバイル」を含む、合計7ヶ所の異なるスタジオで行われました。これほど多くの場所で分散して録音されたにも関わらず、出来上がったサウンドは閉塞感がなく、広がりと開放感に満ちた独特の響きを持っています。レコーディング・エンジニア陣には、ジャコが所属していたウェザー・リポートでPAやミキシングを担当していたブライアン・リズナーをはじめ、数多くのプロフェッショナルが携わりました。そして、アルバム全体の音像を決定づけるマスタリングは、名匠バーニー・グランドマンが手掛けています。

収録曲に見る多様なアプローチ

各楽曲には、ジャコ・パストリアスの尽きることのない創造性と実験精神が色濃く反映されています。

「Crisis」は、その制作手法が特異です。参加ミュージシャンは互いの演奏を聴くことなく、ジャコの事前に録音されたベーストラックに合わせて個別にソロを演奏。それらをミキシングの段階で任意に出し入れして重ね合わせるという、音のコラージュとも呼べる手法が用いられました。このアプローチにより、楽曲はフリージャズを思わせるような、予測不能な熱気に満ちたアンサンブルとなっています。

「3 Views of a Secret」は、ジャコがウェザー・リポート時代に発表し、アルバム『ナイト・パッセージ』に収録されていた同名曲を、新たにビッグ・バンド編成で再録音したバージョンです。原曲の美しいメロディが、より大規模なサウンドで表現され、楽曲の新たな魅力を引き出しています。

「Liberty City」は、本作のために特別に編成された「ワード・オブ・マウス・ビッグ・バンド」での演奏を念頭に置いて作曲されたナンバー。ジャコならではの色彩豊かで躍動的なホーン・アレンジメントを存分に堪能できる一曲です。

アルバムの後半、「Chromatic Fantasy」からタイトル曲「Word of Mouth」にかけては、楽曲がシームレスに繋がれた組曲形式で提示されます。この「Chromatic Fantasy」は、ジャコが日頃からヨハン・セバスチャン・バッハのチェロのための練習曲を自身のベース運指練習としていたことに強く影響を受けていることがうかがえます。左手の驚異的なフレットボード上での運指と、右手のピチカートによる、文字通り壮絶なベーステクニックが極限まで披露されています。

ポール・マッカートニーが書いたビートルズの楽曲「Blackbird」のカバーでは、ジャコのビートルズへの深い愛情が感じられます。原曲のアコースティックギターによるアルペジオを、ベースのA弦開放を用いたペダルノートと、1弦および2弦での重音（2音の和音）で見事に表現しています。メロディパートは、ハーモニカ奏者の巨匠であるトゥーツ・シールマンスが担当し、その温かい音色が楽曲に奥行きを与えています。

タイトル曲「Word of Mouth」は、ロックギタリストが使うようなディストーションを効かせたベースサウンドが非常に印象的な、スリリングかつエキサイティングな演奏が展開されるナンバーです。曲の後半からエンディングにかけては、ビッグ・バンドが加わり、楽曲はさらにダイナミックで壮大なフィナーレへと向かいます。

「John and Mary」は、このアルバムの中でも特にジャコの人間的な側面が垣間見える感動的な一曲です。楽曲の随所には、彼の二人の子供、ジョンとメアリーの無邪気な笑い声や歌声が散りばめられており、普段メディアには見せない父親としての優しい雰囲気がアルバム全体に温かく充満しています。ウェイン・ショーターが吹くソプラノサックスの音色も、この温かい雰囲気に寄り添い、感動を深めています。

結論

『ワード・オブ・マウス』は、一人の革新的なベーシストという枠を超え、卓越した音楽家、ジャコ・パストリアスの創造性の集大成とも言える作品です。ビッグバンドからストリングス、ロック、クラシックに至るまで、多岐にわたるジャンルやアプローチを取り込みながらも、アルバム全体にはジャコ・パストリアスという強烈な個性が貫かれています。このアルバムは、単なるジャズアルバムという範疇に留まらず、20世紀後半の音楽シーンにおける特異点として、今なお世界中の多くのミュージシャンや音楽ファンに計り知れない影響を与え続けている、まさに必聴の一枚です。

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