ヴァイオリンソナタ第3番 (ブラームス)

ヨハネス・ブラームスによるヴァイオリンソナタ第3番ニ短調作品108は、彼のヴァイオリンとピアノのためのソナタ作品群の最後に位置する、規模の大きな作品です。

概要と作曲経緯

本作は、先行するヴァイオリンソナタ第2番イ長調の完成に続き、1886年から1888年にかけて作曲されました。ブラームスはこの時期、スイスの風光明媚なトゥーン湖畔で夏を過ごしており、比較的穏やかな環境にありました。

しかし、1887年に音楽学者の友人カール・フェルディナント・ポールの訃報に接したことは、ブラームスに大きな精神的動揺を与えました。この悲しみと孤独感は、作品にも深い影響を与え、本作は同時代の他の作品と比べても、晩年のブラームスを予感させるような重厚さ、内省的な深み、そしてある種の諦念の色合いを帯びるようになりました。この時期以降、ブラームスの創作においては短調による作品が増加する傾向が見られます。

初演と出版

1888年の脱稿後、ブラームスの親友で詩人のヨーゼフ・ヴィクトール・ヴィトマンの邸宅にて、プライベートな試演が行われました。ただし、その正確な日時や演奏者は記録に残っていません。

公式な初演は、1888年12月21日（資料によっては22日）にハンガリーのブダペストで行われました。この時の演奏は、作曲者ブラームス自身がピアノを担当し、ヴァイオリンを当時の名手イェネー・フバイが務めました。

楽譜は翌1889年にベルリンのジムロック社から出版され、ブラームスの音楽の良き理解者であり擁護者であった指揮者ハンス・フォン・ビューローに献呈されました。

ヴァイオリニストのヨーゼフ・シゲティは、かつて自身の師であるフバイとブラームス自身による本作の試演に触れ、また後にフバイとレオポルド・ゴドフスキーの演奏をブラームスが聴いたことに言及するなど、ブラームス特有のテンポ指示解釈についてフバイから学んだ経験を語り、自身のブラームス演奏の正当性を主張しました。しかし、シゲティがこのエピソードを記したLPの裏面解説は、当時の著名な評論家ハロルド・ショーンバーグによって短評で酷評され、結果としてそのLPは早期に廃盤となり、長らく再プレスされることはありませんでした。

構成

このソナタは全4楽章で構成されており、標準的な演奏時間は約30分です。

1. 第1楽章 アレグロ
ニ短調、4分の4拍子によるソナタ形式の楽章です。ヴァイオリンが提示する、ロマンティックでありながらもどこか憂愁を帯びた第1主題に始まり、ピアノの右手と左手が織りなす穏やかなシンコペーションがこれに寄り添います。楽章の終わりは、主調と同じニ長調で静かに閉じられます。

2. 第2楽章 アダージョ
ニ長調、8分の3拍子の3部形式による楽章。ゆったりとしたテンポで奏される、カヴァティーナを思わせる柔和で歌謡的なヴァイオリンの旋律が印象的です。抒情性に満ちた美しい歌が豊かに展開されます。

3. 第3楽章 ウン・ポコ・プレスト・エ・コン・センティメント
嬰ヘ短調、4分の3拍子による3部形式の、軽快なスケルツォ風楽章です。嬰ヘ短調で開始しますが、ホ短調に転じると憂愁の度合いが増し、全体が暗い情感に覆われます。楽章冒頭に現れる重音の音型は、後半で繰り返される際にヴァイオリンのピツィカートに変化する点が特徴的です。

4. 第4楽章 プレスト・アジタート
ニ短調、8分の6拍子のロンド・ソナタ形式による終楽章です。これまでの楽章にあった内省的で憂鬱な雰囲気を払拭するかのような、激しい響きの重音によって開始されます。情熱的で動きの速い音楽が展開され、効果的に用いられるシンコペーションが推進力となります。曲は最強音で力強く締めくくられます。

このソナタは、ブラームスのヴァイオリンソナタにおける集大成とも言える作品であり、技巧と表現力の両面から、演奏者と聴衆に深い感銘を与え続けています。

もう一度検索