ヴァイシェーシカ学派

ヴァイシェーシカ学派：古代インドの自然哲学

ヴァイシェーシカ学派は、古代インドの六派哲学の一つであり、現代においてもその独自の世界観から注目を集める重要な学派です。根本経典である『ヴァイシェーシカ・スートラ』（カナーダ著とされる）に基づき、独特の自然哲学を展開しています。漢訳では「勝論」または「勝宗」と呼ばれ、東洋哲学、特に仏教圏にも影響を与えました。

六つのカテゴリー：世界の構成要素

ヴァイシェーシカ学派は、世界を以下の6つのカテゴリー（padārtha）で説明します。それぞれのカテゴリーは、単なる概念ではなく、客観的な実在に対応すると考えられています。

1. 実体 (dravya): 物質的な実在を指します。ヴァイシェーシカ学派では、以下の9種類の実体を認めています。
地 (pṛthivī): 土
水 (āpas): 水
火 (tejas): 火
風 (vāyu): 風
虚空 (ākāśa): 空間
時間 (kāla): 時間
方向 (dik): 方角
アートマン (ātman): 魂、自我
* 意（マナス） (manas): 心、精神

2. 属性 (guṇa): 実体に付随する性質です。色、味、香り、触覚など、感覚的に認識できる性質が含まれます。具体的には、色（色）、味（甘味、酸味、辛味、渋味、苦味など）、香り（芳香、悪臭）、触覚（冷、熱、非冷非熱）、数、量、別異性、結合、分離、彼方性、此方性、知識作用、快楽、苦痛、欲求、嫌悪、意志的努力などが挙げられます。

3. 運動 (karma): 物体の運動状態です。上昇、下降、収縮、伸張、移動などの運動形態を包含します。

4. 普遍 (sāmānya): ある種のものの共通の性質です。「牛性」のように、個々の牛に共通する性質を指します。

5. 特殊 (viśeṣa): あるものを他のものから区別する性質です。普遍と対照的に、個々のものの固有の性質を表現します。例えば、「この牛」という特定性を示すものです。

6. 内属 (samavāya): 不可分な関係です。糸と布の関係のように、一部分が全体に不可欠に属する関係性を示します。

勝宗十句義論と東アジアへの伝播

東アジアでは、ヴァイシェーシカ学派は「勝論」や「勝宗」として知られていました。特に、慧月著・玄奘訳とされる『勝宗十句義論』によって、その思想が広く伝わりました。この書物は、ヴァイシェーシカ学派の思想を簡潔にまとめたものですが、サンスクリット原典は現存せず、内容も独特で、6種ではなく10種のカテゴリーが扱われています。日本では江戸時代に盛んに研究され、多くの注釈書が作成されました。

西洋哲学との比較

近現代のインド哲学研究では、ヴァイシェーシカ学派の思想は、西洋哲学の用語を用いて、「自然哲学」「原子論」「実体」「普遍と特殊」といった観点から分析され、アリストテレスなどの西洋哲学者との比較検討が行われています。特に、実体論や普遍特殊の問題において、興味深い類似点や相違点が指摘されています。

まとめ

ヴァイシェーシカ学派は、その独自のカテゴリー体系と、物質世界を分析する精密な手法によって、古代インド哲学における重要な位置を占めています。その思想は、現代においても、自然哲学、形而上学、認識論などの様々な分野で議論され続けており、その影響は計り知れません。 本稿では、ヴァイシェーシカ学派の主要な概念を解説しましたが、より深い理解のためには、関連文献を参照することをお勧めします。

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