ヴァイン・デロリア・ジュニア
ヴァイン・デロリア・ジュニア（1933年3月26日 - 2005年11月13日）は、アメリカインディアン（アメリカ先住民）の著名な思想家、作家、神学者、歴史家、教育者、弁護士、そして人権・民族運動家です。彼はサウスダコタ州のパインリッジ・インディアン保留地で、ハンクパパ・スー族（ラコタ族）の一員として生を受けました。
デロリア家は、ヤンクトン・スー族の呪い師であり、フランス系入植者との混血であった曽祖父サスウェ（フランソワ・デロリア）に始まります。祖父のティーピー・サパ（フィリップ・J・デロリア）はヤンクトンの酋長でありながら、インディアンとして初めて聖公会教会で司祭を務めた人物であり、ワシントンD.C.の名誉の殿堂にはその胸像が飾られています。父ヴァイン・シニアもまた聖職者であり、叔母エラ・デロリアは作家・人類学者として知られています。このような家族の背景は、ヴァイン・ジュニアが先住民の伝統文化と西洋世界の知識の両方に深く触れる機会を与え、後の多角的な活動の基盤となりました。彼自身も、家族から受け継いだ知的な探求心と貢献の精神をもって、先住民社会の発展に尽力しました。
教育面では、保留地のインディアン学校から始まり、コネチカット州のケント校を経て、アイオワ州立大学で科学の学士号を取得しました。海兵隊での勤務経験もあります。父と同じ道を歩むべく、シカゴのルター派神学校で学び、神学の学位を得ましたが、その活動は聖職者の枠にとどまりませんでした。彼は1964年、デンバーの米国奨学金サービスで、インディアン学生の教育機会拡大を目指す奨学金プログラムの開発に携わりました。この経験から、彼はアメリカインディアン国民会議（NCAI）の取締役員に就任します。
NCAIでの活動を通して、デロリアは連邦政府のインディアン関連予算が非効率的に使われている現状を目の当たりにします。彼は合衆国議会での証言を重ね、予算の使途が先住民部族の真の利益につながるよう是正を求めました。その結果、彼の三年間の任期中にNCAIは財政的に立て直され、加盟部族数は大きく増加しました。NCAIでの実績を経て、彼はさらに深く、インディアンの条約上の権利問題に取り組む必要性を痛感します。当時、多くの先住民コミュニティには法律の専門家が不足しており、自らの権利を十分に理解できていませんでした。この状況を変えるため、デロリアは著作による啓発活動を始めます。
1969年、法律学校に通いながら執筆した彼の処女作『Custer Died For Your Sins: An Indian Manifesto』（邦題『インディアンの宣言書：カスターはその罪ゆえに死んだ』）が出版されます。この著作でデロリアは、白人社会がインディアンに対して抱く固定観念やステレオタイプを鋭く批判しました。特に、白人人類学者が先住民文化を誤解し、歪曲して一般化している現状を厳しく指摘し、これに基づく政府や支援団体、教会による干渉を非難しました。神学者としての視点から、先住民独自の宗教観の保護も訴えました。この本は文字通り「インディアンの宣言書」となり、アメリカの論壇や批評家から絶賛され、ニューヨーク・タイムズ紙の論説委員ジョン・レオナルドは、白人社会が先住民の現実に向き合えていない状況を指摘し、この本を高く評価しました。同書は、アメリカ人類学協会の支援を受けるなど、その重要性が広く認識され、現在も重版され続けています。
『カスターはその罪ゆえに死んだ』で提唱された「インディアン部族は、自決権を行使するために、文化的・政治的に白人社会や合衆国から分離すべきである」という主張は、当時高まりつつあった先住民の権利回復運動「レッド・パワー運動」の中心的テーマとして掲げられ、運動に大きな勢いを与えました。全米インディアン若者会議（NIYC）やアメリカインディアン運動（AIM）といった運動団体の目標設定に影響を与え、アルカトラズ島占拠事件のような直接的な行動にも理論的根拠を提供しました。運動家の車のバンパーに「カスターはその罪ゆえに死んだ」という標語が貼られるほど、この本は先住民社会に浸透しました。デロリアは、インディアンの権利は条約に基づく固有のものであり、アフリカ系アメリカ人の公民権運動とは区別されるべきであると明確に主張しました。
1970年にコロラド大学で法律学位を取得後、デロリアはインディアン部族や共同体の法的権利を支援するプログラムを開始しました。大学での講義や著作を通して、法律専門家との連携による先住民への法的支援の必要性を説き、その実現を目指しました。教育者としては、ワシントン州立西ワシントン大学を皮切りに、様々な大学で民族学やインディアン研究、法律の教鞭を取りました。ワシントン州立大学では、地元部族やNIYCによる漁猟権保護運動に関わり、連邦政府や州を相手取った集団訴訟において、インディアンの漁獲権を認めた歴史的な「ボルト判決」を側面から支援しました。
デロリアは、「インディアン法律開発研究所」の議長を1970年から1978年まで務めるなど、数多くの人権団体や法律支援組織と連携して活動しました。彼の活動と著作の一貫したテーマは、「条約を基盤とした、合衆国との対等な立場でのインディアン部族の自決」でした。神学者として、彼は『God Is Red: A Native View of Religion』などの著作を通して、先住民の精神文化を理解しようとしないキリスト教会に対しても批判的な視点を示しました。また、1974年にはウーンデッド・ニー占拠事件に関連した裁判で、AIMの指導者であるデニス・バンクスやラッセル・ミーンズの弁護のために証言台に立つなど、運動の現場にも深く関わりました。彼は「現代のインディアン戦争の時代に現れた優れた哲学者であり、レッド・パワー運動に独自の哲学を反映させた」と評されています。
教育者としての功績としては、1978年からアリゾナ大学で思想科学教授を務め、合衆国初のインディアン研究における修士課程を設立したことが挙げられます。その後、コロラド大学でも教鞭を取り続けました。晩年には、先住民の権利問題と並行して、環境問題についても活発な提起を行いました。生涯で20冊以上の著作を残し、数多くの賞を受賞しています。
デロリアはまた、現在の人類学における主流派である「インディアン民族移動説」、すなわち先住民がベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に到達したという説に対して、先住民の口承神話に基づき、強い批判を展開したことで知られています。彼は著書『Red Earth White Lies』（1995年）の中で、インディアンの神話にある「亀の島」から人類が生まれたという創造譚こそが真実であり、アジアからの移動はなかったと主張しました。彼は、移動説が前提とする時代のベーリング陸橋の存在や、大規模な民族移動が船で可能であったかなどについて、考古学的な根拠を疑問視し、移動説が先住民の口承史を否定し、第四紀の大量絶滅を先住民の狩猟のせいにするなど、人種差別的な側面を持つと批判しました。この議論は、科学的な知見と先住民の伝統的知識との間の緊張関係を示すものとして注目を集めました。
ヴァイン・デロリア・ジュニアは、その鋭い知性と多岐にわたる活動を通じて、アメリカ先住民の権利回復運動に理論的支柱を与え、先住民研究という学問分野を確立し、白人社会における先住民への認識を変革する上で計り知れない影響を与えた、20世紀後半における最も重要な先住民思想家の一人です。彼は2005年11月13日、コロラド州ゴールデンで72歳で死去しました。
デロリア家は、ヤンクトン・スー族の呪い師であり、フランス系入植者との混血であった曽祖父サスウェ（フランソワ・デロリア）に始まります。祖父のティーピー・サパ（フィリップ・J・デロリア）はヤンクトンの酋長でありながら、インディアンとして初めて聖公会教会で司祭を務めた人物であり、ワシントンD.C.の名誉の殿堂にはその胸像が飾られています。父ヴァイン・シニアもまた聖職者であり、叔母エラ・デロリアは作家・人類学者として知られています。このような家族の背景は、ヴァイン・ジュニアが先住民の伝統文化と西洋世界の知識の両方に深く触れる機会を与え、後の多角的な活動の基盤となりました。彼自身も、家族から受け継いだ知的な探求心と貢献の精神をもって、先住民社会の発展に尽力しました。
教育面では、保留地のインディアン学校から始まり、コネチカット州のケント校を経て、アイオワ州立大学で科学の学士号を取得しました。海兵隊での勤務経験もあります。父と同じ道を歩むべく、シカゴのルター派神学校で学び、神学の学位を得ましたが、その活動は聖職者の枠にとどまりませんでした。彼は1964年、デンバーの米国奨学金サービスで、インディアン学生の教育機会拡大を目指す奨学金プログラムの開発に携わりました。この経験から、彼はアメリカインディアン国民会議（NCAI）の取締役員に就任します。
NCAIでの活動を通して、デロリアは連邦政府のインディアン関連予算が非効率的に使われている現状を目の当たりにします。彼は合衆国議会での証言を重ね、予算の使途が先住民部族の真の利益につながるよう是正を求めました。その結果、彼の三年間の任期中にNCAIは財政的に立て直され、加盟部族数は大きく増加しました。NCAIでの実績を経て、彼はさらに深く、インディアンの条約上の権利問題に取り組む必要性を痛感します。当時、多くの先住民コミュニティには法律の専門家が不足しており、自らの権利を十分に理解できていませんでした。この状況を変えるため、デロリアは著作による啓発活動を始めます。
1969年、法律学校に通いながら執筆した彼の処女作『Custer Died For Your Sins: An Indian Manifesto』（邦題『インディアンの宣言書：カスターはその罪ゆえに死んだ』）が出版されます。この著作でデロリアは、白人社会がインディアンに対して抱く固定観念やステレオタイプを鋭く批判しました。特に、白人人類学者が先住民文化を誤解し、歪曲して一般化している現状を厳しく指摘し、これに基づく政府や支援団体、教会による干渉を非難しました。神学者としての視点から、先住民独自の宗教観の保護も訴えました。この本は文字通り「インディアンの宣言書」となり、アメリカの論壇や批評家から絶賛され、ニューヨーク・タイムズ紙の論説委員ジョン・レオナルドは、白人社会が先住民の現実に向き合えていない状況を指摘し、この本を高く評価しました。同書は、アメリカ人類学協会の支援を受けるなど、その重要性が広く認識され、現在も重版され続けています。
『カスターはその罪ゆえに死んだ』で提唱された「インディアン部族は、自決権を行使するために、文化的・政治的に白人社会や合衆国から分離すべきである」という主張は、当時高まりつつあった先住民の権利回復運動「レッド・パワー運動」の中心的テーマとして掲げられ、運動に大きな勢いを与えました。全米インディアン若者会議（NIYC）やアメリカインディアン運動（AIM）といった運動団体の目標設定に影響を与え、アルカトラズ島占拠事件のような直接的な行動にも理論的根拠を提供しました。運動家の車のバンパーに「カスターはその罪ゆえに死んだ」という標語が貼られるほど、この本は先住民社会に浸透しました。デロリアは、インディアンの権利は条約に基づく固有のものであり、アフリカ系アメリカ人の公民権運動とは区別されるべきであると明確に主張しました。
1970年にコロラド大学で法律学位を取得後、デロリアはインディアン部族や共同体の法的権利を支援するプログラムを開始しました。大学での講義や著作を通して、法律専門家との連携による先住民への法的支援の必要性を説き、その実現を目指しました。教育者としては、ワシントン州立西ワシントン大学を皮切りに、様々な大学で民族学やインディアン研究、法律の教鞭を取りました。ワシントン州立大学では、地元部族やNIYCによる漁猟権保護運動に関わり、連邦政府や州を相手取った集団訴訟において、インディアンの漁獲権を認めた歴史的な「ボルト判決」を側面から支援しました。
デロリアは、「インディアン法律開発研究所」の議長を1970年から1978年まで務めるなど、数多くの人権団体や法律支援組織と連携して活動しました。彼の活動と著作の一貫したテーマは、「条約を基盤とした、合衆国との対等な立場でのインディアン部族の自決」でした。神学者として、彼は『God Is Red: A Native View of Religion』などの著作を通して、先住民の精神文化を理解しようとしないキリスト教会に対しても批判的な視点を示しました。また、1974年にはウーンデッド・ニー占拠事件に関連した裁判で、AIMの指導者であるデニス・バンクスやラッセル・ミーンズの弁護のために証言台に立つなど、運動の現場にも深く関わりました。彼は「現代のインディアン戦争の時代に現れた優れた哲学者であり、レッド・パワー運動に独自の哲学を反映させた」と評されています。
教育者としての功績としては、1978年からアリゾナ大学で思想科学教授を務め、合衆国初のインディアン研究における修士課程を設立したことが挙げられます。その後、コロラド大学でも教鞭を取り続けました。晩年には、先住民の権利問題と並行して、環境問題についても活発な提起を行いました。生涯で20冊以上の著作を残し、数多くの賞を受賞しています。
デロリアはまた、現在の人類学における主流派である「インディアン民族移動説」、すなわち先住民がベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に到達したという説に対して、先住民の口承神話に基づき、強い批判を展開したことで知られています。彼は著書『Red Earth White Lies』（1995年）の中で、インディアンの神話にある「亀の島」から人類が生まれたという創造譚こそが真実であり、アジアからの移動はなかったと主張しました。彼は、移動説が前提とする時代のベーリング陸橋の存在や、大規模な民族移動が船で可能であったかなどについて、考古学的な根拠を疑問視し、移動説が先住民の口承史を否定し、第四紀の大量絶滅を先住民の狩猟のせいにするなど、人種差別的な側面を持つと批判しました。この議論は、科学的な知見と先住民の伝統的知識との間の緊張関係を示すものとして注目を集めました。
ヴァイン・デロリア・ジュニアは、その鋭い知性と多岐にわたる活動を通じて、アメリカ先住民の権利回復運動に理論的支柱を与え、先住民研究という学問分野を確立し、白人社会における先住民への認識を変革する上で計り知れない影響を与えた、20世紀後半における最も重要な先住民思想家の一人です。彼は2005年11月13日、コロラド州ゴールデンで72歳で死去しました。
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