ヴァン・ビューレンのトムとジェリー

ヴァン・ビューレン・スタジオ版『トムとジェリー』：知られざる初期シリーズ

1930年代初頭、アニメーション界に『トムとジェリー』という名の猫とネズミのコンビが登場しました。しかし、後に広く知られるようになるMGM版とは異なる、これとは別の『トムとジェリー』が存在します。本稿では、1931年から1933年にかけてヴァン・ビューレン・スタジオが制作し、RKOが配給した初期シリーズに焦点を当て、その魅力と歴史を紐解いていきます。

この初期シリーズは、新聞漫画『Mutt and Jeff』を彷彿とさせるキャラクターデザインが特徴です。背の高いトムと背の低いジェリーという構図は、後のシリーズとは異なる印象を与えます。ストーリーも多様で、狩りと獲物という関係性だけでなく、放浪者として旅をするなど、彼らの関係性や役割は作品ごとに異なっていました。

アニメーションのスタイルは、同時代のニューヨークにあったフライシャー・スタジオの作品と類似点を示しています。これは、両スタジオ間の人的交流や技術的な影響が考えられ、特にフライシャー・スタジオのベティ・ブープを思わせるようなキャラクターが登場する作品もあり、その影響が見て取れます。例えば、1932年公開の『Piano Tooners』では、モダンガールが登場し、フライシャー・スタジオのスタイルとの近似性を示しています。

しかしながら、このヴァン・ビューレン・スタジオ版『トムとジェリー』は、ミッキーマウスやベティ・ブープのような爆発的な人気を獲得することはできませんでした。そのため、1933年には制作が打ち切られてしまいます。

興味深いことに、1950年代にOfficial Filmsがヴァン・ビューレン・スタジオのライブラリーを購入した際に、MGM版との混同を避けるため、『ディックとラリー』と改題されました。しかし現在では、『ヴァン・ビューレンのトムとジェリー』として認識されています。また、著作権表記がなかったため、パブリックドメインとして扱われていることも大きな特徴と言えるでしょう。

この初期シリーズは、後のMGM版とは異なる魅力を持っています。不条理でユーモラスな展開、時に恐ろしい幻想や人種差別的なテーマの扱い、そしてわずかながら性的表現とも取れる描写など、当時のアニメーション作品における実験的な試みが見られます。

ジョセフ・バーベラも、この初期シリーズでアニメーター兼脚本家としてキャリアをスタートさせました。後にウィリアム・ハンナと共に、世界中で愛されるMGM版『トムとジェリー』を生み出すことになる彼にとって、このヴァン・ビューレン・スタジオでの経験は重要な礎となったことは想像に難くありません。

今日では、この初期シリーズは、後の名作『トムとジェリー』シリーズを知る上で、貴重な歴史的資料として注目されています。MGM版とは一線を画す、独特の個性と魅力を持つ、知られざる『トムとジェリー』の物語が、ここに存在するのです。

もう一度検索