ヴィルヘルム・オルバース

ハインリヒ・ヴィルヘルム・マティアス・オルバース：アマチュア天文学の先駆者

ハインリヒ・ヴィルヘルム・マティアス・オルバース（Heinrich Wilhelm Matthias Olbers, 1758年 10月11日 - 1840年 3月2日）は、18世紀から19世紀にかけてドイツ・ブレーメンで活躍した天文学者であり、医師でもありました。天文台に所属しないアマチュア天文家でありながら、その情熱と才能によって数々の重要な発見を成し遂げ、後世に名を残しています。

生い立ちと天文学への目覚め

オルバースは、1758年にブレーメン郊外のアーバーゲンで、ルーテル派牧師の家系に生まれました。10歳の時に大彗星を見たことがきっかけで天文学に興味を持つようになります。しかし、当時の教育機関では天文学を学ぶ機会が限られていたため、オルバースは独学で数学や科学を習得しました。その後、ゲッティンゲン大学で医学を学びますが、その傍らで物理学者や天文学者から数学、物理学、天文学の指導を受け、知識を深めました。

1779年には、発見されたばかりの彗星の軌道計算に新たな手法を考案。翌年には自ら彗星を発見するなど、天文学者としての才能を開花させていきます。医学の分野でも数学の応用に関心を寄せ、眼球の変形に関する研究論文を発表しました。

医師としての活動と天文学研究

大学卒業後、オルバースはブレーメンで医師として開業しました。眼科医として活動する傍ら、当時注目を集めていたメスメリズム（動物磁気療法）にも関心を寄せ、患者の治療に利用しました。しかし、多忙な医師業の中でも天文学への情熱は衰えず、自宅に観測施設を設け、夜な夜な観測を続けました。

オルバースは、ブレーメン近郊のリリエンタール天文台を所有する天文学者シュレーターと親交を深め、長年にわたって協力しました。学生時代に編み出した彗星の軌道計算手法は、1797年に公開されると、その簡明さから広く用いられるようになりました。また、1799年には自宅を改造して本格的な観測施設を設け、日々の観測に励みました。睡眠時間を削って観測を行い、毎日4時間以上寝ることはなかったと言われています。

小惑星の発見とオルバースの仮説

19世紀初頭、火星と木星の間に未発見の惑星が存在する可能性が指摘され、探索が進められていました。オルバースは、1802年にパラス、1807年にベスタという二つの小惑星を発見しました。これは、19世紀初頭に発見された最初の4つの小惑星のうちの2つです。

これらの発見を受けて、オルバースは小惑星はかつて一つの惑星が破壊されたものではないかという説を唱えました。現在では、小惑星帯の天体は木星の重力の影響で一つの惑星にまとまらなかったものと考えられていますが、この仮説は当時の天文学界に大きな影響を与え、太陽系の成り立ちに関する議論を活発化させました。

その他の業績とオルバースのパラドックス

オルバースは、彗星の発見にも力を注ぎ、6つの彗星を発見しました。その中でも1815年に発見した彗星は、約70年の周期を持つ周期彗星で、オルバース彗星として知られています。また、オルバースは、宇宙が無限に広がっているという前提から、夜空がなぜ暗いのかという謎を提示しました。これは「オルバースのパラドックス」として知られ、現代宇宙論における重要な問いの一つとなっています。

交友関係と晩年

オルバースは、天文学者だけでなく、数学者のカール・フリードリヒ・ガウスとも親交がありました。オルバースの観測に基づいてガウスが軌道計算を行い、ガウスの予測に基づいてオルバースが観測するという協力関係が続きました。また、同時代の天文学者であるシューマハー、ハーディング、エンケ、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ベッセルとも交流がありました。ブレーメン博物館協会でも理事を務め、天文学や気象に関する講演を多数行いました。1804年には、ロンドンの王立協会のフェローにも選出されています。

晩年は、健康上の理由から医師を廃業しましたが、天文学の研究は続けました。1840年に81歳で亡くなりました。彼の蔵書コレクションは、当時ヨーロッパ最大級のものでしたが、彼の死後、ロシアのプルコヴォ天文台に買い取られました。

オルバースの遺産

オルバースの功績を称え、ブレーメンには記念像が建てられ、彼の生地であるアーバーゲンには「オルバース通り」が設けられています。また、小惑星や月のクレーターにも、彼の名前が付けられています。オルバースは、アマチュア天文家として、その熱意と卓越した能力によって、天文学の発展に大きな貢献を果たしました。

オルバースのパラドックスの詳細

オルバースのパラドックスは、宇宙が無限に広く、星が無限に存在し、その光が時間と共に減衰しないと仮定すると、夜空は星の光で満たされ、明るく輝いて見えるはずであるという矛盾を指摘したものです。しかし、現実の夜空は暗く、この矛盾の解決は長年の課題でした。

オルバース自身は、宇宙空間を漂う何らかの物質によって光が吸収されると考えていましたが、現在では宇宙の膨張や、星の寿命が有限であることが、このパラドックスを説明する上で重要な要素であることがわかっています。

オルバースの主な発見

小惑星パラス (1802年)
小惑星ベスタ (1807年)
彗星 (6つ発見。うちオルバース彗星は周期彗星)

参考文献

Schilling, C., ed (1894–1909) (ドイツ語). Wilhelm Olbers, sein Leben und seine Werke. Verlag von Julius Springer.

Erster Band. Gesammelte Werke, 1894.

Ergänzungsband. Neue Reduktionen, 1899.

Zweiter Band. Briefwechsel zwischen Olbers und Gauss. Erste Abtheilung, 1900.

Zweiter Band. Briefwechsel zwischen Olbers und Gauss. Zweite Abtheilung, 1909.