ヴィルヘルム・ハンマースホイ
ヴィルヘルム・ハンマースホイ（Vilhelm Hammershøi, 1864年5月15日 - 1916年2月13日）は、デンマークを代表する画家の一人です。彼の作品は、白、黒、灰色を基調とした抑えた色彩と、時間の流れが止まったかのような静寂な雰囲気が特徴です。特に、細密なタッチで描かれた室内画は、彼の作風を最もよく表しています。多くの作品では、鑑賞者に背を向けた人物、特に妻のイーダが描かれています。
ハンマースホイは、生前はデンマークを代表する画家として、特に海外で高い評価を得ていました。しかし、彼の死後、その名声は急速に忘れ去られてしまいます。再評価が進んだのは、20世紀末になってからです。
1864年、コペンハーゲンの裕福な家庭に生まれたハンマースホイは、幼少期から芸術に触れる機会に恵まれていました。8歳からデッサンの個人レッスンを受け始め、1879年にはデンマーク王立美術院で本格的に絵画を学び始めます。
1885年、21歳の時、妹アナを描いた『若い女性の肖像、画家の妹アナ・ハンマースホイ』を王立美術アカデミーの展覧会に出品しました。しかし、この作品はアカデミーのノイハウスン賞を逃し、物議を醸しました。当時のアカデミーの趣味とは異なる、モノトーンに近い色彩、曖昧な空間表現、自由なタッチが、その理由でした。
1888年、歯科医で美術コレクターのアルフレズ・ブラムスンがハンマースホイの作品を初めて購入します。ブラムスンは、その後生涯にわたってハンマースホイのコレクター・後援者として、彼の活動を支え続けました。ブラムスンは展覧会を企画したり、ハンマースホイの死後には作品目録の作成や伝記執筆も行っています。
1891年には、アカデミーで知り合った画家ピーダ・イルステズの妹イーダ・イルステズと結婚しました。イーダは、ハンマースホイの室内画に頻繁に登場します。1898年から1909年まで、夫婦はコペンハーゲン、ストランゲーゼ30番地のアパートで暮らし、ハンマースホイはそこで多くの室内画を描きました。1909年にこのアパートを引き払い、1913年には向かいのストランゲーゼ25番地に移っています。
1908年、デンマーク王立美術院の総会会員に、1910年には同評議員に就任しました。1911年にはローマでの国際美術展で1位を獲得するなど、1910年代に入るとヨーロッパ各国で個展が開かれるようになり、国際的な評価を高めていきました。
1914年に母親が亡くなった後、ハンマースホイは病弱となり、制作意欲も減退します。1916年、咽頭癌のためコペンハーゲンで死去しました。晩年の作品には未完成のまま筆を置いたものが多く、亡くなる前年の1915年には、『室内、ストランゲーゼ25番地』という一枚の絵を制作したのみでした。
ハンマースホイの作品の多くは室内画です。特に、1898年から1909年まで暮らしたストランゲーゼ30番地のアパートの室内を描いたものが多く残されています。これらの室内画では、同じ部屋が異なる視点から繰り返し描かれており、アパートのどの部屋のどの位置から描かれたかが正確に特定できます。また、同じピアノ、テーブル、椅子、磁器製のパンチボウル、金属製のストーヴなどが多くの絵に繰り返し登場します。
しかし、室内の様子からは生活感や物語をうかがわせるものはほとんどありません。室内に描かれる人物は、一人か二人で、後ろ向きであることが多く、正面向きに描かれたとしても顔の輪郭がぼやけていたり、影に隠れています。人物は鑑賞者と視線を合わせることもありません。人物が描かれていない、無人の室内を描いた作品も少なくありません。このように、ハンマースホイの絵画は、タイトル以外に解釈の手がかりをほとんど排除しています。室内を繰り返し描く点はフェルメールの影響も指摘されますが、白と黒を基調としたモノトーンに近い色彩と、静謐な画面はハンマースホイ独自の特徴です。
室内画以外にも、肖像画や風景画も制作しています。肖像画のモデルは家族や親しい友人に限られており、人物は鑑賞者と視線を合わせないように描かれることがほとんどです。複数の人物を描いた集団肖像画でも同様で、画家の弟や友人たちを描いた『5人の肖像』では、人物たちは互いに視線を交わすことなく、各々が内面と向き合っているように見えます。
宮殿などの建物や都市近郊の風景を題材にした風景画も制作しましたが、ここでも人物はほとんど登場せず、静寂と寂寥感が作品全体を覆っています。この静寂感は、ハンマースホイの作品全体に通底する特色です。
国際的に人気のコメディグループ、モンティ・パイソンのメンバーであるマイケル・ペイリンはハンマースホイの大ファンであり、BBCで『Michael Palin and the Enigma of Hammershoi』というドキュメンタリー番組を制作し、ハンマースホイの魅力を紹介しました。ペイリン自身もハンマースホイの作品を所蔵しているそうです。
また、ファッションデザイナーのイエンス・ロウガセンは、ハンマースホイのネオクラシカルな要素にインスパイアされたコレクションを発表しています。
若い女性の肖像、画家の妹アンナ・ハンマースホイ（1885）（ヒアシュプロング美術館）
クレスチャンスボー宮殿、晩秋（1890 - 92） （コペンハーゲン国立美術館）
室内（1893）（イェーテボリ美術館）
ふたりの人物像（画家とその妻） (1898) (アロス・オーフス美術館)
陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地（1899）（ポーラ美術館）
陽光に舞う塵埃（1900）（オードラップゴー美術館）
室内、ストランゲーゼ（1901）（ハノーファー、ニーダーゼクセン州博物館）
5人の肖像（1901 - 02） （ストックホルム、ティールスカ美術館）
背を向けた若い女性のいる室内（1903-04）（ラナス美術館）
ゲントフテ湖、天気雨（1903） （個人蔵）
休息（1905）（オルセー美術館）
白い扉、あるいは開いた扉 (1905) （コペンハーゲン、デーヴィズ・コレクション）
陽光習作 (1906) (コペンハーゲン、デーヴィズ・コレクション)
クレスチャンスボー宮殿の眺め (1907) (コペンハーゲン国立美術館)
ピアノを弾くイーダのいる室内 (1910) (国立西洋美術館)
2008年6月24日～9月7日 イギリス、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツにて回顧展
2008年9月30日～12月7日 東京、国立西洋美術館にてアジア初の回顧展
2020年1月21日～3月26日 東京、東京都美術館にて『ハマスホイとデンマーク絵画』と題した回顧展
ピーダ・イルステズ（Peter Ilsted, 1861年-1933年）
カール・ホルスーウ（Carl Vilhelm Holsøe, 1863年-1935年）
ハンマースホイの作品は、その静謐さと独特の雰囲気で、現代の鑑賞者にも多くの影響を与えています。
ハンマースホイは、生前はデンマークを代表する画家として、特に海外で高い評価を得ていました。しかし、彼の死後、その名声は急速に忘れ去られてしまいます。再評価が進んだのは、20世紀末になってからです。
生涯
1864年、コペンハーゲンの裕福な家庭に生まれたハンマースホイは、幼少期から芸術に触れる機会に恵まれていました。8歳からデッサンの個人レッスンを受け始め、1879年にはデンマーク王立美術院で本格的に絵画を学び始めます。
1885年、21歳の時、妹アナを描いた『若い女性の肖像、画家の妹アナ・ハンマースホイ』を王立美術アカデミーの展覧会に出品しました。しかし、この作品はアカデミーのノイハウスン賞を逃し、物議を醸しました。当時のアカデミーの趣味とは異なる、モノトーンに近い色彩、曖昧な空間表現、自由なタッチが、その理由でした。
1888年、歯科医で美術コレクターのアルフレズ・ブラムスンがハンマースホイの作品を初めて購入します。ブラムスンは、その後生涯にわたってハンマースホイのコレクター・後援者として、彼の活動を支え続けました。ブラムスンは展覧会を企画したり、ハンマースホイの死後には作品目録の作成や伝記執筆も行っています。
1891年には、アカデミーで知り合った画家ピーダ・イルステズの妹イーダ・イルステズと結婚しました。イーダは、ハンマースホイの室内画に頻繁に登場します。1898年から1909年まで、夫婦はコペンハーゲン、ストランゲーゼ30番地のアパートで暮らし、ハンマースホイはそこで多くの室内画を描きました。1909年にこのアパートを引き払い、1913年には向かいのストランゲーゼ25番地に移っています。
1908年、デンマーク王立美術院の総会会員に、1910年には同評議員に就任しました。1911年にはローマでの国際美術展で1位を獲得するなど、1910年代に入るとヨーロッパ各国で個展が開かれるようになり、国際的な評価を高めていきました。
1914年に母親が亡くなった後、ハンマースホイは病弱となり、制作意欲も減退します。1916年、咽頭癌のためコペンハーゲンで死去しました。晩年の作品には未完成のまま筆を置いたものが多く、亡くなる前年の1915年には、『室内、ストランゲーゼ25番地』という一枚の絵を制作したのみでした。
作品の特徴
ハンマースホイの作品の多くは室内画です。特に、1898年から1909年まで暮らしたストランゲーゼ30番地のアパートの室内を描いたものが多く残されています。これらの室内画では、同じ部屋が異なる視点から繰り返し描かれており、アパートのどの部屋のどの位置から描かれたかが正確に特定できます。また、同じピアノ、テーブル、椅子、磁器製のパンチボウル、金属製のストーヴなどが多くの絵に繰り返し登場します。
しかし、室内の様子からは生活感や物語をうかがわせるものはほとんどありません。室内に描かれる人物は、一人か二人で、後ろ向きであることが多く、正面向きに描かれたとしても顔の輪郭がぼやけていたり、影に隠れています。人物は鑑賞者と視線を合わせることもありません。人物が描かれていない、無人の室内を描いた作品も少なくありません。このように、ハンマースホイの絵画は、タイトル以外に解釈の手がかりをほとんど排除しています。室内を繰り返し描く点はフェルメールの影響も指摘されますが、白と黒を基調としたモノトーンに近い色彩と、静謐な画面はハンマースホイ独自の特徴です。
室内画以外にも、肖像画や風景画も制作しています。肖像画のモデルは家族や親しい友人に限られており、人物は鑑賞者と視線を合わせないように描かれることがほとんどです。複数の人物を描いた集団肖像画でも同様で、画家の弟や友人たちを描いた『5人の肖像』では、人物たちは互いに視線を交わすことなく、各々が内面と向き合っているように見えます。
宮殿などの建物や都市近郊の風景を題材にした風景画も制作しましたが、ここでも人物はほとんど登場せず、静寂と寂寥感が作品全体を覆っています。この静寂感は、ハンマースホイの作品全体に通底する特色です。
エピソード
国際的に人気のコメディグループ、モンティ・パイソンのメンバーであるマイケル・ペイリンはハンマースホイの大ファンであり、BBCで『Michael Palin and the Enigma of Hammershoi』というドキュメンタリー番組を制作し、ハンマースホイの魅力を紹介しました。ペイリン自身もハンマースホイの作品を所蔵しているそうです。
また、ファッションデザイナーのイエンス・ロウガセンは、ハンマースホイのネオクラシカルな要素にインスパイアされたコレクションを発表しています。
代表作
若い女性の肖像、画家の妹アンナ・ハンマースホイ（1885）（ヒアシュプロング美術館）
クレスチャンスボー宮殿、晩秋（1890 - 92） （コペンハーゲン国立美術館）
室内（1893）（イェーテボリ美術館）
ふたりの人物像（画家とその妻） (1898) (アロス・オーフス美術館)
陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地（1899）（ポーラ美術館）
陽光に舞う塵埃（1900）（オードラップゴー美術館）
室内、ストランゲーゼ（1901）（ハノーファー、ニーダーゼクセン州博物館）
5人の肖像（1901 - 02） （ストックホルム、ティールスカ美術館）
背を向けた若い女性のいる室内（1903-04）（ラナス美術館）
ゲントフテ湖、天気雨（1903） （個人蔵）
休息（1905）（オルセー美術館）
白い扉、あるいは開いた扉 (1905) （コペンハーゲン、デーヴィズ・コレクション）
陽光習作 (1906) (コペンハーゲン、デーヴィズ・コレクション)
クレスチャンスボー宮殿の眺め (1907) (コペンハーゲン国立美術館)
ピアノを弾くイーダのいる室内 (1910) (国立西洋美術館)
主要な回顧展
2008年6月24日～9月7日 イギリス、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツにて回顧展
2008年9月30日～12月7日 東京、国立西洋美術館にてアジア初の回顧展
2020年1月21日～3月26日 東京、東京都美術館にて『ハマスホイとデンマーク絵画』と題した回顧展
同時代のデンマークの作家
ピーダ・イルステズ（Peter Ilsted, 1861年-1933年）
カール・ホルスーウ（Carl Vilhelm Holsøe, 1863年-1935年）
ハンマースホイの作品は、その静謐さと独特の雰囲気で、現代の鑑賞者にも多くの影響を与えています。
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