ヴィルヘルム・ルー

ヴィルヘルム・ルー（Wilhelm Roux, 1850年6月9日 - 1924年9月15日）は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したドイツの発生学者です。当時の発生学は比較発生学が主流でしたが、ルーは胚に人為的な操作を加え、その後の経過を観察することで発生のメカニズムを解明しようとしました。この手法は「実験発生学」と呼ばれ、ルーはその創始者として広く知られています。

ルーはイェナ大学でエルンスト・ヘッケルに動物学を、ベルリン大学でルドルフ・フィルヒョウに学びました。その後、ブレスラウ、インスブルック、ハレなどの大学で解剖学の教授を歴任しました。

ルーの研究活動は、大きく以下の3つの時期に分けられます。

1. 成体器官の構造の因果的解釈: 血液断面や血管の分岐と血流の関係を流体力学的に考察したり、器官の機能と形態の関係について議論しました。彼は、器官は機能に適した形に作られるという「機能適応」の考え方を提唱しましたが、これはダーウィンの進化論を細胞レベルに適用したものであり、当時の学界からは批判的な意見も多くありました。

2. 発生過程の因果分析的研究: この時期に、ルーは最も有名なカエル胚の実験を行いました。彼は、カエルの2細胞期の胚において、片方の割球を熱した針で破壊し、残りの割球を培養することで、半身だけの胚を得ることに成功しました。この結果から、ルーは卵割によって細胞の分化が決定されると考え、受精卵には全身の器官への分化を決定する因子が含まれており、細胞分裂によってそれが不均等に分配されると解釈しました。しかし、後の研究によって、殺した細胞を取り除いて同様の実験を行えば完全な胚が得られることがわかり、ルーのこの考えは誤りであったことが判明しました。

3. 実験発生学の基礎付けと普及: 自身の研究から身を引いた後、ルーは実験発生学の基礎を確立し、その普及に尽力しました。彼は「実験発生学こそが、将来的に精密生物学のあらゆる分野の基礎となるだろう」と主張し、批判に対して徹底的に反論しました。

ルーは、ヘッケルらが提唱した発生の過程を系統発生を知る手がかりとする比較発生学的なアプローチに反対し、「発生学は進化論のしもべではない」と主張しました。

ルーの実験は、その解釈には誤りがあったものの、発生の過程とそのメカニズムの解明に多大な影響を与えました。彼の弟子であるハンス・シュペーマンは、ルーの手法を発展させ、この分野で大きな成功を収めました。

ルーはまた、「ルーの法則」としても知られる生理学の基本法則を提唱しました。これは、身体の機能は適度に使えば発達し、使わなければ萎縮し、過度に使えば障害を引き起こすというものです。この法則は、現代のスポーツや体育のトレーニングにおいても重要な指針となっています。具体的には以下の内容を含みます。

活動性肥大の原則
不活動性萎縮の法則
長期にわたる機能向上制限による器官の特殊な活動能力減退の法則
合目的的構造の機能的自己形成の原理

ルーの研究は、発生学の分野に革命をもたらし、その後の生物学研究に大きな影響を与えました。彼の実験発生学への貢献は、今日でも高く評価されています。

参考文献

* 岡田要・木原均編著、『発生　現代の生物学第2集』、(1950)、共立出版

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