ヴィローチャナ

ヴィローチャナ：アスラ王の思想と、真理への探求

ヴィローチャナは、インド神話と仏教説話に繰り返し登場する、アスラ族の王です。彼はアスラ王バリの父であり、ヒラニヤカシプの孫、プラフラーダの子として知られています。ダイティヤ族に属するアスラであるヴィローチャナは、単なる悪役ではなく、哲学的な深みを持つ人物として描かれています。

真理の探求と「身体自我説」

『チャーンドーギャ・ウパニシャッド』では、ヴィローチャナが帝釈天インドラと共に、創造主プラジャーパティを訪ね、真理を32年間探求した物語が記されています。そこで得た真理とは「美しい飾りをつけ、水や鏡に映る自分の姿こそが自我であり、梵（宇宙の真理）である」というものでした。ヴィローチャナはこれを納得して帰りましたが、インドラは疑問を抱き、さらなる探求を続けます。

このエピソードは、ヴィローチャナが主張した「身体自我説」を示しています。しかし、この解釈は、のちに非アーリア系民族の思想として、アーリア系中心のインド社会で下劣なものとみなされるようになりました。宮坂宥勝は、インド古代文献で唯物論者をアスラやラークシャサ、ヤクシャといった呼称で呼ぶ事例が多いことを指摘し、この「身体自我説」がそのような文脈で低く評価された可能性を示唆しています。

仏典におけるヴィローチャナ

仏典『サンユッタ・ニカーヤ』や、その漢訳である『雑阿含経』にもヴィローチャナが登場します。釈迦の前で帝釈天と対話する場面では、帝釈天が「怒りを静めるには耐え忍ぶこと」、「目的達成には努力が必要で、達成後は耐え忍ぶことが最善」と説くのに対し、ヴィローチャナは「耐え忍ぶことに過失がある。愚者を増長させる」と反論します。さらに、「生き物は目的を持って生まれ、努力が報われれば、それに応じた享楽を享受するのが最高」と、独自の徳目を説いています。

ヴィローチャナの多面性

ヴィローチャナは、単なるアスラ王という枠にとどまらず、真理を探求する者、独自の哲学を持つ者として描かれています。彼の「身体自我説」は、当時の社会構造や思想的背景の中でどのように位置づけられていたのか、また、仏典における彼の発言は、仏教の教えとは異なる視点、あるいは仏教への批判的視点さえ示唆している可能性があります。

結論

ヴィローチャナは、インド神話と仏教説話を通して、複雑で多面的な人物像を見せてくれます。彼の物語は、真理の探求、異なる思想の対立、そして時代背景の中で生じた価値観の衝突を反映していると言えるでしょう。ヴィローチャナを通して、古代インドにおける哲学的、宗教的な多様性と、その後の歴史的変遷を理解することができます。さらなる研究を通して、彼の思想や、アスラ族に対する当時の社会の認識をより深く解明することが期待されます。

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