ヴィーナス (クラナッハ、フランクフルト)

ルーカス・クラナッハ（父）が1532年にブナ板に混合技法で描いた『ヴィーナス』は、ルネサンス期のドイツ絵画を代表する作品です。クラナッハは数多くのヴィーナス像を描きましたが、本作のようにキューピッドを伴わない単身のヴィーナス像は非常に珍しいものです。この作品は、1878年に実業家モリッツ・ゴンタルト氏によって寄贈されて以来、フランクフルトのシュテーデル美術館に所蔵されています。

クラナッハは1509年に『ヴィーナスとキューピッド』を描いており、これはアルプス以北の絵画としては最初のヴィーナスの等身大裸体像でした。1520年代以降、クラナッハのヴィーナス像は広く人気を博しましたが、それらの多くは息子のキューピッドと共に描かれています。しかし、本作ではヴィーナスは母親としての役割を示唆する描写はなく、代わりに鑑賞者を誘惑するようなポーズで立っています。

ヴィーナスは、薄いヴェールを使ったダンスを一時中断したかのような姿で描かれています。彼女の明るく照らされた肌は黒い背景と対照的で、その優美な曲線が際立っています。ヴィーナスは自身の恥部をヴェールで覆っていますが、それは隠すためではなく、むしろ鑑賞者の視線をそこに誘い、エロティックな刺激を強調する役割を果たしています。美術史家たちは、この攻撃的なまでに女性の刺激を放つ表現が、このヴィーナス像に特有のものであると指摘しています。

この作品がどのような目的で描かれたのかは明確ではありませんが、ヴィーナスが単身で描かれたのは、『ルクレティア』のような絵画と対になる作品として制作された可能性が考えられています。実際に、『ユディト』と『ルクレティア』は1587年にザクセン選帝侯の宮廷内美術品収集室「クンストカンマ―」に収められていた記録があり、本作も人文主義的教養を持った高位の収集家の「クンストカンマ―」に飾られていた可能性があります。


参考文献
『クラーナハ展500年後の誘惑』、国立西洋美術館、ウィーン美術史美術館、TBS、朝日新聞社、2016年刊行　ISBN 978-4-906908-18-9

外部リンク
シュテーデル美術館公式サイト、ルーカス・クラナッハ『ヴィーナス』 (英語)

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