ヴィーナスとキューピッド (ホルバイン)

ヴィーナスとキューピッド

『ヴィーナスとキューピッド』または『ヴィーナスとアモール』は、ドイツの画家ハンス・ホルバインが1524年頃に制作した絵画です。現在、スイスのバーゼル市立美術館に所蔵されているこの作品は、ホルバインが神話的テーマに初めて取り組んだ重要な作品として知られています。画面には、ローマ神話に登場する愛の女神ウェヌスとその息子であるクピードーが描かれています。愛らしい表情を持つウェヌスは、画家の友人とされるマグダレーナ・オッフェンブルクをモデルにしていると考えられています。

作品の構成

絵画には、大きな緑色のカーテンの前に立つ二人の人物が描かれています。ウェヌスは誠実な視線をこちらに向け、両手を広げるポーズを取っています。一方、クピードーは手すり壁に登りながら、左手に愛の矢を握っています。興味深いことに、クピードーの髪色は赤がかったオレンジ色で、母であるウェヌスの、袖に使われた布の色合いとリンクしています。

この作品は、ホルバインが短いフランス滞在からバーゼルに戻った際に制作されたとされており、フランス王フランソワ1世のコレクションでの観察が作品に影響を与えたと考えられています。特に、ウェヌスのポーズはレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた『最後の晩餐』におけるイエスの姿勢と関連しており、イタリアの画家から受けた影響を強く反映しています。また、ウェヌスの顔の長さや形状も、ダ・ヴィンチが描いた聖母マリアの特徴を模しているとの指摘があります。

文化的背景

1520年代のヨーロッパ北部では、レオナルドスタイルの肖像画が非常に人気であり、ホルバインの絵画も富裕なパトロンを引き寄せる目的で描かれていた可能性があります。美術史家のオスカー・ベッシュマンとパスカル・グリーナーは、ホルバインの他の作品と同じく、この『ヴィーナスとキューピッド』においても、ウェヌスが観覧者と収集家に手を伸ばしている様子を描写しているとしています。

さらに、モデルとなったマグダレーナ・オッフェンブルクは、ホルバインの愛人であったとする説もあり、彼女は『ダルムシュタットの聖母』など他の作品にも登場しています。この作品に関する最も古い文献的記録は1578年に遡り、収集家バジリウス・アマーバッハが従兄弟から贈られたというものです。アマーバッハはこの作品をオッフェンブルク家の女性の肖像画として記録しましたが、これについての確認はされていません。

結論

『ヴィーナスとキューピッド』は、ホルバインの技法とスタイルを象徴する作品であり、同時代の芸術的影響を垣間見ることができます。また、モデルを理想化した描写は、当時の肖像画のあり方に制約を与えつつも、ホルバイン独自の視点を反映している重要な作品として評価されています。

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