ヴォルフガング・パウル

ヴォルフガング・パウル（Wolfgang Paul, 1913年8月10日 - 1993年12月7日）は、20世紀ドイツを代表する実験物理学者です。彼は、微小な荷電粒子を電磁場の中に長期間閉じ込める「イオントラップ」技術のパイオニアであり、特に、精密な質量分析や分光法に革命をもたらした四重極イオントラップの開発者として知られています。この卓越した業績が認められ、彼は1989年にノーベル物理学賞を受賞しました。

生涯と学歴

パウルは1913年8月10日、ドイツのローレンツキルヒで誕生しました。父は薬学教授であり、その影響もあってか、ミュンヘンで育ち、高等教育の道に進みます。当初はミュンヘン工科大学で学びましたが、数年後にベルリン工科大学へ移籍し、1937年に同大学を卒業しました。卒業研究は、著名な物理学者ハンス・ガイガーの指導のもとで行われています。

博士課程では、キール大学でハンス・コッファーマン教授の指導のもと研究に励みました。しかし、研究の途上で第二次世界大戦が勃発し、彼はドイツ空軍に徴兵されました。兵役の合間を縫って研究を続け、1940年にベルリン工科大学で博士号を取得しました。

職歴と研究活動

博士号取得後、パウルはゲッティンゲン大学に移り、かつての指導教授であるコッファーマンとともに教鞭を執りました。この時期、第二次世界大戦の只中にあった彼は、当時の国家的な要請に応える形で、核分裂性物質の製造に不可欠な同位体分離に関する研究にも従事しています。

戦後、彼のキャリアは大きく進展します。1952年、彼はボン大学の実験物理学教授に任命されました。このポストは彼にとって終生の職となり、1993年に亡くなるまでの40年以上にわたり、ボン大学で教育と研究の最前線に立ち続けました。ボン大学では、彼の指導のもと、多くの研究者が育成され、物理学の発展に貢献しました。

1965年から1967年にかけての2年間は、スイスにある欧州原子核研究機構（CERN）に責任者として赴任し、国際的な研究機関の運営にも携わりました。

科学的貢献：イオントラップ

パウルの最も重要な科学的貢献は、何と言ってもイオントラップ、特に「四重極イオントラップ」の開発です。これは、電極配置によって生成される高周波電磁場を利用し、帯電した粒子（イオン）を特定の空間領域に安定して閉じ込める技術です。この技術は、極めて少ないサンプル量で高精度な質量測定を可能にし、質量分析法の分野に革命をもたらしました。また、冷却されたイオンを長時間捕捉できることから、原子時計の精密化や量子計算の研究など、基礎物理学から応用科学まで幅広い分野で不可欠なツールとなっています。彼の設計した四重極イオントラップは「パウルトラップ」とも呼ばれ、現代科学において広く利用されています。

受賞と家族

パウルの功績は高く評価され、1989年にはハンス・デーメルト、ノーマン・ラムゼーとともにノーベル物理学賞を受賞しました。ノーベル賞以外にも、1992年には理論物理学分野の権威ある賞であるディラック・メダルを受賞するなど、数々の栄誉に輝いています。

科学一家の側面もあり、彼の息子のシュテファン・パウルもまた物理学者となり、現在はミュンヘン工科大学で実験物理学の教授を務めています。

ヴォルフガング・パウルは、1993年12月7日、長年研究生活を送ったボンでその生涯を閉じました。彼の開発したイオントラップ技術は、今日の科学研究において基礎的なツールとして生き続けています。

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