万剣 (ミサイル)

万剣 (Wan Chien)

はじめに

万剣（Wan Chien）は、台湾の国家中山科学研究院（NCSIST）が独自に開発した航空機搭載型の空対地巡航ミサイルです。台湾空軍に、敵の地上目標および海上目標に対して、安全な距離から精密攻撃を行う能力を付与することを目的としています。このミサイルシステムは、台湾の防衛力強化における重要な柱の一つと見なされています。

開発計画「神斧」

万剣ミサイルの開発計画は「神斧計画」というコードネームの下で進められました。開発過程においては、先行するアメリカのAGM-154 JSOWや、イギリスおよびフランスが共同開発したストーム・シャドウといった、海外の著名な巡航ミサイルから設計思想や技術的な知見が参考にされた部分があると指摘されています。初期の運用試験や性能評価は2011年頃から段階的に開始されたと考えられています。量産体制への移行は2015年頃を目指していましたが、開発・改良を経て、最終的に2018年には、実戦配備に十分な能力を備えた「完全な運用能力（Full Operational Capability, FOC）」を獲得したことが公式に発表されました。この完全運用能力の獲得は、万剣ミサイルが台湾空軍の戦力として本格的に組み込まれたことを意味します。NCSISTは、初期生産が完了した後も開発努力を継続しており、特に射程を従来の200kmから240kmから大幅に延伸し、400km級の長距離型を開発する取り組みに着手していると報じられています。これは、将来的な脅威への対処能力を高めるための重要なステップと位置づけられています。

主要な特徴と性能

万剣ミサイルは、航空機からの発射に特化して設計されたシステムです。動力源には小型のタービンエンジンを採用しており、これにより巡航ミサイルとしての長距離飛行能力と高い速度性能を実現しています。公表されている基本的な射程は200kmから240kmの範囲とされています。この射程により、万剣ミサイルは敵の防空システムが展開する危険区域の外側から目標を攻撃できる「スタンドオフ（Stand-off）」能力を提供します。誘導システムにはGPS（全地球測位システム）が用いられており、目標座標に基づいた高精度な航法と終末誘導を可能にしています。これにより、固定された戦略目標や、座標が事前に把握できる地上構造物、さらにはレーダーなどで追尾可能な大型艦船などの海上目標に対しても効果的な攻撃を行うことが期待されます。万剣ミサイルは、その設計において、単一の目標だけでなく、広範囲に拡散した目標群を攻撃する能力を持つ可能性も示唆されていますが、詳細な弾頭の種類や攻撃パターンについては必ずしも広く公開されていません。

運用状況

万剣ミサイルは、主に台湾空軍が運用するAIDC F-CK-1 C/D型戦闘機に搭載されています。F-CK-1は台湾が独自に開発・製造した高性能戦闘機であり、この国産戦闘機と国産巡航ミサイルの組み合わせは、台湾の航空戦力における自立性を象徴しています。F-CK-1は通常、翼下に複数の万剣ミサイルを搭載して作戦行動を行います。台湾空軍は、定期的に実施される大規模演習において、万剣ミサイルの運用訓練を行っており、その信頼性と実戦能力の維持・向上に努めています。特に、潜在的な侵攻シナリオを想定した訓練では、敵の上陸部隊や支援艦船、沿岸部の防衛施設などを標的とした攻撃演習に万剣ミサイルが使用されることがあります。

戦略的意義と将来展望

万剣ミサイルは、台湾の防衛戦略において極めて重要な役割を担っています。特に、対岸からの軍事的な脅威に対して、遠距離から敵の重要インフラや戦力集結地点を攻撃できる能力は、侵攻を抑止し、また万が一の事態においては敵の侵攻ペースを遅らせる上で不可欠な要素となります。台湾が国産での開発・生産を進める背景には、国際情勢や特定の国からの武器輸出規制といった要因も影響しており、自国の安全保障に必要な兵器システムを自力で開発・供給する能力を持つことの重要性が認識されています。現在開発中とされる射程400km級の長距離型万剣が実用化されれば、攻撃可能な範囲はさらに拡大し、台湾のスタンドオフ攻撃能力と抑止力は一層強化されることになります。このように、万剣ミサイルは台湾の現在の防衛態勢において中心的役割を担うだけでなく、将来的な防衛力構築においても重要な位置を占める兵器システムと言えます。関連するミサイルとしては、開発の参考にされたAGM-154 JSOWやストーム・シャドウ、さらにはアメリカのAGM-158 JASSMなどが挙げられることがあります。

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