三輪髷

三輪髷（みつわまげ）

江戸時代後期から大正時代にかけて、日本の女性たちの間で結われた、特徴的な髪型の一つに「三輪髷」（みつわまげ）があります。特にこの髪型は、芸事を教える女師匠や、社会的に地位のある、あるいは経済的に豊かな男性の庇護を受けた妾（めかけ）などが好んで結ったと記録されており、当時の特定の階層の女性たちの間で広まりました。その姿は一見、既婚女性の象徴とされる丸髷に似ていますが、結い方やその意味合いにおいては、三輪髷独自の背景が存在します。

特徴と結い方

三輪髷の最大の特徴は、その名の通り、髷が三つの部分に分かれて見える構造にあります。これは、一般的な丸髷とは異なる独特の結い方によるものです。髪全体、あるいは必要に応じて入れ毛を効果的に使用し、髷となる部分を大きく三つの塊に分けます。まず、左右には「銀杏返し」（いちょうがえし）と呼ばれる結い方の要領で、ふっくらとした、あるいはやや平たい二つの輪を作り出します。そして、その中央に「丸髷形」と呼ばれる髷を固定・整形するための補助具などを用いながら、周囲の輪よりも少し小ぶりな丸髷を結い上げます。この左右の輪と中央の丸髷が一体となることで、三輪髷特有の立体的なフォルムが形成されます。結い終えた髷の根元、すなわち首筋に近い部分には、装飾として布が巻き付けられます。この布を丁寧に整形することで、髷全体のバランスが整えられ、見た目の完成度が高まります。この根元の布の種類や色柄も、三輪髷の印象を決定づける重要な要素となります。

結われた背景とその意味

三輪髷が特定の女性たちに結われた背景には、当時の社会における女性の立場や髪型に関する慣習が深く関わっています。江戸時代、既婚の正式な妻は、貞淑さや家庭に入ったことを示すシンボルとして、丸髷を結うのが一般的でした。しかし、正式な婚姻関係にない妾は、たとえ裕福な男性の庇護を受けていても、法的に妻として認められているわけではありませんでした。そのため、社会的な体面や、自らの立場に対する遠慮から、正式な妻が結う丸髷を公然と結ぶことが憚られる風潮がありました。このような状況下で、妾などの女性たちは、正式な妻ではないけれども、ある程度の地位や経済力を持っていることを示唆しつつ、しかし丸髷とは異なる独自の髪型を模索しました。そこで選ばれたのが、見た目は丸髷に似ているものの、明確に区別される結い方を持つ三輪髷でした。これは、彼女たちが置かれた、正式な妻と未婚の女性の中間のような、複雑な社会的立ち位置を反映した選択であったと言えるでしょう。

長船（おさふね）との違い

三輪髷とよく比較される髪型に「長船」（おさふね）があります。長船は主に武家の側室などが結ったとされる髪型で、三輪髷と同様に、入れ毛などを用いて髷を複数の部分に分けるという点で系統が似ています。しかし、両者にはいくつかの重要な違いがあります。長船は、中央に結ばれる丸髷部分が比較的大きく、全体としては三つの部分に分かれているというよりは、ほとんど丸髷のように見えるほど中央が強調される傾向があります。これに対し、三輪髷は、左右の輪と中央の丸髷の境目がより明確で、髷が三つの部分から構成されていることが視覚的にも分かりやすい特徴があります。また、根元に巻かれる布にも身分や立場の違いが表れていました。長船では、武家の女性らしい品格や端正さを表すために、錦織りの布や白い丈長といった高貴な印象の布が用いられることが多かったのに対し、三輪髷では、鹿の子絞りのような、より柔らかく可憐な雰囲気を持つ布が選ばれることが多かったとされます。このように、同じ系統の髪型であっても、結い手の身分や立場、そして表現したい雰囲気によって、結い方や装飾に違いが見られたことは、当時の髪型が単なる流行だけでなく、社会的なメッセージを伝える手段でもあったことを示唆しています。

まとめ

三輪髷は、江戸時代後期から大正期にかけて、特定の女性たちが結った、社会的背景と結びついた髪型です。丸髷に似ながらも異なる独自の結い方、そして根元に巻かれる布の選択には、結った女性たちの立場や心情が反映されていました。長船との比較からも分かるように、当時の髪型は、個人の美意識だけでなく、社会的な規範や身分を示す記号としての役割も果たしていたのです。三輪髷は、現代ではほとんど見られなくなりましたが、日本の髪型文化史において、女性たちの生活や社会状況を理解する上で、非常に興味深い存在と言えるでしょう。その独特なフォルムと、それに込められた意味合いは、当時の人々の暮らしぶりを今に伝える貴重な手がかりとなっています。

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