上中田念仏道場

上中田念仏道場は、富山県南砺市（旧上平村）の上中田集落にかつて位置していた、真宗大谷派の信仰施設でした。現在はその機能は失われ、同じ南砺市内の小原地区に移築され、文化財として保存されています。この道場は、五箇山地方に根付いた真宗信仰の歴史と、地域住民の共同体における信仰生活のあり方を示す貴重な遺構です。

上中田地区は、世界遺産にも登録されている五箇山の中でも、特に急峻な地形を持つ赤尾谷の一画に位置します。古くは単に「中田村」と呼ばれていましたが、後に「上中田村」と称されるようになりました。この地に真宗の教えが深く広まったのは、室町時代末期、文明年間（1469年-1487年）に本願寺8代蓮如が越前国吉崎に滞在し、北陸地方で多くの門徒を獲得した影響が大きいとされます。五箇山地方へ最初に真宗の教線を広げたのは、越前国和田にある本覚寺でした。赤尾谷にあるほとんどの寺院や道場は、上中田念仏道場を含め、この和田本覚寺を起点として始まったと考えられています。

中世の赤尾谷地域は、庄川を境界に、平瀬氏、角淵氏、高桑氏といった複数の勢力によって支配されていました。「新屋道場由来記」によれば、親鸞の弟子である道宗ゆかりとされる新屋道場（後の道善寺）は、庄川東岸を治めた平瀬氏の勢力範囲を引き継ぎ、当初は新屋、真木、上野、中田、田ノ下、菅沼といった周辺の村々に門徒を抱えていました。その後、江戸時代の享保年間（1716年-1736年）に至り、上野村と中田村の門徒たちが新屋道場から独立し、両村の共同で念仏道場を設ける運びとなりました。これが、今日に伝わる上中田念仏道場の起源とされています。

現在見られる上中田念仏道場の本堂は、文化3年（1806年）から翌4年（1807年）にかけて建立されたものです。当時の集落の人々が総出で建設作業にあたり、特筆すべきは、夜間も竹の松明を灯しながら作業を続け、わずか88日間という短期間で完成させたという記録が残されていることです。このエピソードは、厳しい自然環境の中にあっても、信仰のもとに集落が一体となって困難な事業を成し遂げた五箇山の人々の強い共同意識を物語っています。また、上中田で伐採された大きな欅の木が、赤尾の行徳寺や、起源を同じくする新屋・中田両道場の太鼓の胴に用いられたという伝承も残されており、当時の豊富な森林資源と、地域内の交流を示す事例として語り継がれています。

時代が下り、近現代に入ると、他の山間部と同様に上中田集落でも人口の流出が進み、集落の維持や念仏道場の管理が次第に困難になっていきました。このような状況を踏まえ、平成7年（1995年）に、上中田念仏道場は解体され、同じ旧上平村内の小原集落にある「尻﨑」と呼ばれる場所へ移築されることが決定されました。この建造物が、建立当初の姿を比較的良好に留めていること、そして五箇山地方における念仏道場の建築様式を示す貴重な事例であることから、平成10年（1998年）2月25日には旧上平村の有形文化財に指定されました。その後の市町村合併を経て、南砺市が誕生した後も、引き続き市の文化財として大切に保護されています。現在、移築された道場は小原地区に整備された「南砺市民謡の里」の一部として一般に公開されており、訪れる人々は五箇山の歴史や文化に触れる機会を得ています。

上中田念仏道場は、五箇山における真宗信仰の歴史を知る上で欠かせない存在です。その始まりが越前国和田本覚寺下の道場であったことは、五箇山への真宗伝播の経路を示唆しています。戦国時代に本願寺が東西に分かれた際、本覚寺下の道場群もまた、東方の小松本覚寺と西方の鳥羽野万法寺の二系統に分かれ、これが現代の寺院の系譜にも影響を与えています。上中田念仏道場の存在は、五箇山という隔絶された地域において、遠くからの教えがどのように受け入れられ、地域の生活や共同体の中で根付き、発展していったのかを具体的に示す貴重な文化遺産と言えるでしょう。文化財として未来へ引き継がれることで、この道場は五箇山の豊かな歴史と信仰の営みを静かに語り続けていくことでしょう。

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