上大静脈

上大静脈（Superior Vena Cava, SVC）とは

上大静脈は、人体の体幹部の中でも心臓より上方の領域、具体的には頭部、頸部、および上肢から集められた静脈血を心臓の右心房へ送り返す主要な血管です。比較的短いながらも太いこの血管は、全身の静脈系において重要な役割を担います。一方、体幹部より下方、すなわち腹部や下肢からの血液を右心房へ送る静脈は下大静脈と呼ばれ、両者は合わせて大静脈系を形成します。

解剖と血液の流れ

上大静脈は、左右の腕頭静脈が合流することによって形成されます。これらの腕頭静脈は、それぞれ上肢や頭頸部からの静脈血を集めて上大静脈へと注ぎ込みます。上大静脈自体は、胸部の縦隔内を下方へと走行し、右心房の入り口へと到達します。右心房へ流入する直前では、胸壁や背部からの血液を集める奇静脈が、上大静脈の右上前方から合流するのが一般的です。

上大静脈および腕頭静脈には、血液の逆流を防ぐための弁構造が存在しません。このため、右心房や右心室の収縮、特に三尖弁の動きに伴う圧力変動が、腕頭静脈を経て内頸静脈へと伝わります。この拍動性の圧力を頚静脈圧と呼び、頸部の特定の位置で拍動として観察することが可能です。もし三尖弁に逆流が存在すると、この頚静脈圧の拍動はより顕著になります。

発生学的背景

胎生期において、静脈系は当初左右対称に近い配置をしていますが、心臓などの発達に伴い、右側の血管構造が優位に発達する非対称な形態へと変化します。上大静脈は、この過程で右側の総主静脈および前主静脈の一部から形成されます。左側の前主静脈は通常退縮して消失し、左側の総主静脈は心臓の静脈血を集める冠状静脈洞へと変化します。

しかし、稀に左前主静脈が退縮せずに遺残することがあり、これを「左上大静脈遺残」（Persistent Left Superior Vena Cava, PLSVC）と呼びます。また、右側の上大静脈も正常に存在し、左右両方に上大静脈が存在する「重複上大静脈」というさらに稀なケースもあります。多くの場合、遺残した左上大静脈は冠状静脈洞を経由して右心房へ接続します。これらの発生異常は、しばしば無症状で偶然発見されますが、心臓手術などに際してその存在が重要になることがあります。

臨床的重要性

上大静脈は、周囲の悪性腫瘍（特に肺癌）、リンパ節腫脹、あるいは血栓などによって圧迫されたり閉塞したりすることがあります。これにより上半身からの血液が心臓に戻りにくくなり、顔面や頸部、上肢の浮腫やチアノーゼ、呼吸困難といった症状が現れることがあります。この病態は「上大静脈症候群」と呼ばれます。上大静脈が閉塞した場合、体は奇静脈系や内胸静脈などを側副血行路として発達させ、代替の血流経路を確保しようとします。これはある程度症状を緩和しますが、根本的な治療には原因を取り除く必要があります。

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