下関市歌

「下関市歌」（しものせきしか）は、山口県下関市によってかつて公式に定められた市歌です。この歌は、石川千史氏が歌詞を手掛け、著名な詩人である北原白秋氏がそれを補作し、日本を代表する作曲家の一人、山田耕瑳氏が曲をつけました。

市歌制定の動きは、1928年（昭和3年）に企画された昭和天皇の御大典を記念する事業に端を発します。当初、市はこの記念事業として、市の理念を示す「市民憲章（市憲）」を制定することを計画していました。しかし、市の内部事情により、この憲章制定計画は断念されることになりました。その後、方針転換が図られ、1931年（昭和6年）5月26日、下関市議会において、記念事業の内容を「市民憲章制定」から「市歌制定」へと変更する決議が正式に採択されました。

市は新たな市歌の歌詞を広く公募し、懸賞募集を行いました。集まった多数の作品の中から、当時厚狭郡小野田町（現在の山陽小野田市の一部）から寄せられた作品が見事入選を果たしました。この入選作に対して、歌詞の審査委員を務めていた北原白秋氏が手を加え、補作詞として採用されるに至ります。作曲については、市が直接山田耕瑳氏に依頼し、その手腕によって市歌の旋律が生まれました。完成した市歌は、1932年（昭和7年）8月5日、市立下関高等女学校で開催された発表演奏会で初めて披露されました。この発表会には作曲者の山田耕瑳氏も臨席し、講演を行っています。

市歌制定後、その歌詞は当時の文壇でも議論を呼びました。吉田常夏氏が主宰していた文芸誌『燭台』では、その10月号で「市歌批判」と題する特集が組まれ、総勢30名に及ぶ寄稿者が採用された歌詞について、肯定的な意見も否定的な意見も含め、様々な論評を表明しました。下関市歌の歌詞と楽譜は、その後長きにわたり、戦前から戦後にかけて発行された『下関市勢要覧』の巻頭に掲載され続け、市民に親しまれる存在となりました。この市歌の旋律については、著作権の保護期間が満了し、2015年（平成27年）にはパブリックドメインとなっています。なお、市歌制定時に一度断念された市民憲章は、その40年後となる1968年（昭和43年）に、市制施行80周年を記念して初代の「下関市民憲章」として新たに制定されています。

2005年（平成17年）には、いわゆる「平成の大合併」が行われ、旧下関市は豊浦郡の菊川町、豊田町、豊浦町、豊北町の4町と合併し、新たに（新）下関市が誕生しました。合併前の各自治体では、旧下関市以外に豊浦町と豊北町もそれぞれ町民歌を制定していました。下関市とこれら4町の合併協議会では、合併後の市町歌の取り扱いについて議論され、「新しい市において改めて定める」という方針が確認されました。この決定に基づき、合併期日である2月13日をもって、旧下関市が制定した市歌は、旧豊浦町および旧豊北町の町民歌とともにいったん効力を失い、「廃止」されたものと見なされることになりました。

合併後の2005年6月、合併協定に基づいて市の慣行や制度を検討するための下関市慣行策定委員会が招集され、旧市町歌の扱いについても協議が行われました。委員会の答申では、旧下関市歌や旧豊浦町・豊北町の町民歌だけでなく、他の旧町で作成された音頭やイメージソングなどについても、当面の間、引き続き使用を継続することが妥当であるとされました。このため、形式上は一旦廃止されたにもかかわらず、実質的には1932年に制定された市歌が、新設合併後も引き続き下関市の歌として使われ続けることになったのです。

しかし、現在の市の公式ウェブサイトでは、この市歌に関する情報は一切紹介されていません。また、市議会では、その後も散発的に新しい市歌を制定すべきではないかという趣旨の質問が提出されることがあります。市民憲章に関しては、旧市のものを引き継ぐことはなく、合併から2年後の2007年（平成19年）に新たな（2代目）「下関市民憲章」が改めて制定されています。

このように、「下関市歌」は昭和初期に生まれ、一度は形式上廃止されながらも、市民に慣れ親しまれた歌として現在も事実上使用され続けています。その独特な制定経緯と、合併後の複雑な位置づけは、下関市の歴史の一端を物語っていると言えるでしょう。

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