不応為条

不応為条（ふおういじょう）とは

不応為条とは、日本の律令法において設けられた規定の一つで、法令に具体的な条文がない場合でも、裁判官がその行為を道徳や道理に照らして「為すべからざる」と判断したときに、処罰を認めるものでした。不応得為条とも呼ばれます。

概要

養老律令において、不応為条の存在は雑律の逸文や、職制律将雑薬至膳所条の疏の注釈から知ることができます。これは、法令で定められた罪には該当しないものの、道徳的・倫理的に許されない行為があった場合、裁判官の判断によって刑罰を科すことができるというものでした。ただし、この規定で科すことができるのは軽犯罪に限られ、刑罰も笞罪や杖罪などの比較的軽いものに限定されていました。

この考え方は、日本の法律において長く維持され、明治時代に制定された新律綱領や改定律例にも採用されました。不応為条に基づいて処分された事件は「不応為罪」とも呼ばれます。

不応為条は、断罪無正条とともに、裁判官の独断的な処分が行われる危険性もはらんでいました。しかし、一方で、絶対的法定刑（固定刑）の要素が強かった東洋の刑事法において、その弾力的な運用を維持する効果（「法の欠缺補充機能」及び「減刑機能」）も持っていました。

罪刑法定主義との矛盾

不応為条は、欧米の刑事法の基本原則である「罪刑法定主義」とは相容れないものでした。罪刑法定主義は、裁判官の裁量のみに基づく刑事処分を認めないため、不応為条の存在は、この原則に反するものでした。

そのため、1876年（明治9年）に、細川潤次郎らの意見によって元老院で不応為条の廃止が決議されました。しかし、太政官と司法省は、法典整備が完了するまで決議内容の実施を先延ばしにしました。結局、1880年（明治13年）に明治15年刑法（旧刑法）が公布されるまで結論が出ず、同法成立直後に、新しい刑法に罪刑法定主義が盛り込まれたことと、不応為条が廃止されることを理由に決議は却下されました。その後、1882年（明治15年）の同法施行によって、不応為条は廃止されました。

廃止とその後

司法省では、ボアソナードを迎えて刑法編纂が進められ、これまで不応為条や断罪無正条によって処分されていた事案の類型化が進められました。その結果、明治15年刑法（旧刑法）の施行によって、不応為条は廃止されることになりました。

司法省は、不応為条の廃止による裁判官の混乱を避けるため、事案ごとに新旧法令の対照表を作成するなどの対策を講じました。しかし、当初は、裁判官が欧米の法体系に基づく新しい法律の解釈に不慣れだったこともあり、無銭飲食・宿泊を詐欺罪と判断することができず、条文がないとして無罪判決を出すという誤審が発生しました。この誤審は大審院で破棄されるなど、混乱が見られました。

まとめ

不応為条は、日本の律令法において、法の空白を埋め、柔軟な刑罰を可能にする役割を果たしました。しかし、罪刑法定主義の観点からは問題があり、明治時代の法改正によって廃止されました。この規定の廃止は、日本の法体系が近代化する上で重要な一歩となりました。

参考文献

井上光貞・関晃・土田直鎮・青木和夫校注『律令』（日本思想大系新装版、岩波書店、1994年）ISBN 978-4-00-003751-8
岩谷十郎『明治日本の法解釈と法律家』（慶應義塾大学法学研究会叢書、慶應義塾大学法学研究会、2012年）ISBN 978-4-7664-1917-7
第四章「不応為条廃止論考」（原論文1988年）
第五章「〈擬律ノ錯誤〉をめぐる試論的考察」（原論文1989年・1997年）

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