世界の頭脳

ウェルズの壮大な構想『世界の頭脳』：世界平和のための知識共有ネットワーク

ハーバート・ジョージ・ウェルズは、『タイムマシン』などのSF小説で知られる作家ですが、同時に熱心な社会活動家でもありました。戦争終結への強い願いから、国際連盟の提唱などにも携わった彼は、1920～30年代に活発化した「新百科全書運動」に深く関与します。その活動の集大成と言えるのが、1938年に発表された『世界の頭脳』（World Brain）です。本書は、ウェルズが提唱した世界百科事典構想とその実現に向けた具体的な提案をまとめたもので、現代のインターネットやウィキペディアに通じる、世界規模の知識共有ネットワークの原型と言えるでしょう。

世界を繋ぐ百科事典：構想の内容

『世界の頭脳』でウェルズが提示した「世界百科事典」は、単なる情報の集積にとどまりません。その内容は、綿密な調査と検証に基づいた、厳選された情報から構成されます。各項目は、世界中の第一人者たちによる継続的な修正、補足、更新を経て、常に進化し続けることを意図していました。

重要なのは、対立する主張も併記し、批判的な検討を促すという点です。事実の羅列ではなく、それらを吟味し、総合的に判断するためのプラットフォームとなることを目指していたのです。そして、その百科事典は、特定のイデオロギーに偏ることなく、あらゆる視点を取り入れる「リベラル」なものとなるべきだとウェルズは主張しました。

当初は書籍での出版を想定していましたが、マイクロフィルムやプロジェクターなど、当時としては先進的な技術の活用も視野に入れていました。この柔軟な姿勢は、後のデジタル技術の発展を予見していたかのようです。

知的ネットワーク：運営体制

この世界百科事典の運営には、世界規模の恒久組織が必要となります。ウェルズは、組織構造として、物理的には分散しながらも、知的レベルでは集中化された、いわば「網状組織」を構想しました。神経系のように広がり、世界中の研究者たちが協力して知識を共有し、発展させる仕組みです。

この組織は、世界中の大学や研究機関、政府機関などから情報を収集し、独自の理事会や編集者、要約者などを擁する、巨大な知的情報センターとしての役割を果たします。あらゆる情報源から集められたデータは、教育、ジャーナリズムなど多方面に影響を与える重要な役割を担うとウェルズは考えていました。

また、ウェルズは、この百科事典は「懐疑主義」を特徴とするべきだと強調しました。狭隘なプロパガンダや、国家主義、党派的な偏見から厳しく守られ、常に客観性を追求することが不可欠だと述べています。

教育改革と国際政治：ウェルズの活動

『世界の頭脳』におけるウェルズの世界百科事典構想は、単なる情報システムの提案にとどまりません。それは、教育改革と密接に関連し、世界平和のための包括的なビジョンを示すものでした。

そのため、当時、教育界から批判を受けることもありました。また、この構想を実現するため、ウェルズはアメリカ合衆国を訪問し、フランクリン・ルーズベルト大統領と会見するなど、国際的な活動も展開しています。これらの活動は、本書の追補として記されています。

ウェルズの遺産：未来への示唆

『世界の頭脳』は、単なる時代を先取りしたアイデアの集積ではありません。世界平和を願うウェルズの強い意志と、知識の共有による人類の進歩への揺るぎない信念が凝縮された作品です。そのメッセージは、インターネット時代を生きる私たちにとっても、依然として大きな意義を持ち続けていると言えるでしょう。インターネットやウィキペディアが現実のものとなった今、改めてこの書を読み解くことで、情報技術と社会、そして世界平和の関係について、深く考える機会が得られるはずです。

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