両面宿儺

両面宿儺：歴史と伝承の狭間を生きる異形の人物

両面宿儺は、5世紀頃の飛騨地方に出現したとされる人物、もしくは鬼神です。『日本書紀』では、仁徳天皇の時代に武振熊命によって討伐された凶賊として記述されています。しかし、岐阜県を中心とした飛騨地方には、『日本書紀』とは異なる、彼を英雄視する多くの伝承が存在します。この対照的な記述は、古代日本の歴史と信仰の複雑さを示す興味深い事例と言えるでしょう。

『日本書紀』における両面宿儺

『日本書紀』仁徳天皇65年の記事には、両面宿儺が八本の手足と、前後両面に顔を持つ異形の姿で描かれています。これは、大和朝廷の支配に抵抗した勢力に対する蔑視の表現とも解釈されています。同時期に、朝廷の勢力が飛騨地方に及んだ痕跡が確認されており、『日本書紀』の記述は、征服の過程における出来事の記録と見なされています。しかし、飛騨地方には、既に4世紀に築造された古墳群が存在するなど、朝廷との関係は単純な征服とは言い切れない複雑なものであった可能性も指摘されています。また、記述における「ひかがみ」「かかと」がないという描写から、飛騨地方の山岳民の姿を反映しているという解釈も存在します。

岐阜県における在地伝承

『日本書紀』とは対照的に、岐阜県内の旧飛騨街道沿線には、両面宿儺を英雄視する様々な伝承が残っています。

丹生川の伝承: 高山市丹生川町の千光寺縁起によると、両面宿儺は救世観音の化身であり、千光寺を開基したとされます。また、善久寺の創建にも関わったと伝えられています。さらに、位山（高山市一宮町）の鬼「七儺」を天皇の命により討伐したとも伝えられています。位山付近にある飛騨一宮水無神社では、「七難の頭髪」が神宝として伝えられており、鬼神七難を神威により誅伐したという伝承が残されています。

金山の伝承: 金山町の伝承では、武振熊命による討伐を事前に察知した両面宿儺が、金山周辺の山々に立て籠もったのち、討死したとされます。一方で、別の伝承では、37日間大陀羅尼を唱え、国家安全・五穀豊穣を祈願した後、高沢山に去ったと伝えられています。

* 関市下之保の伝承: 関市下之保の大日山日龍峰寺の伝承では、両面四臂の異人が高沢山の毒龍を制圧し、後に寺を創建したとされます。この異人が両面宿儺であるとされています。

これらの伝承は、両面宿儺を単なる凶賊ではなく、朝廷に抵抗した豪族、あるいは龍や悪鬼を退治する英雄として描いています。各地の八幡社には、両面宿儺を討伐した武振熊命を祀るものも存在します。

伝承の位置づけと考証

これらの伝承の多くは江戸時代以降に記録されたものであり、その起源については定説がありません。しかし、在地伝承における両面宿儺像は、王権によって矮小化されながらも、地域の人々によって英雄として記憶され、信仰の対象として生き延びてきた可能性を示唆しています。

日龍峰寺の縁起では、両面宿儺は鎧を着け、四つの手に武器を持ち、救国の英雄として描かれています。一方で、『日本書紀』の記述には、時代背景や登場人物の食い違いなど、整合性において問題点も指摘されています。しかし、飛騨地方における国史初見の記事であり、地元伝承と合わせて考察することで、単なる怪異伝承ではない可能性も考えられます。

両面宿儺像と関連遺物

千光寺、善久寺、日龍峰寺などには両面宿儺像が安置されています。これらの像は、前後両面に顔を持ち、甲冑を着用し、武器を携えているのが共通点です。2006年には和歌山市の古墳から、前後両面に顔を持つ人物埴輪が出土しましたが、両面宿儺との関連性は不明です。

まとめ

両面宿儺は、『日本書紀』における凶賊という記述と、各地に残る英雄譚という対照的な側面を持つ、謎の人物です。その奇怪な姿や、各地に残る寺院創建や妖怪退治といった伝承は、古代豪族の抵抗と信仰の融合を示唆しており、歴史、民俗学、考古学といった様々な視点からの考察が求められる、興味深い存在と言えるでしょう。宿儺かぼちゃといった地域文化にもその名を残している点も興味深いものです。

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