中瀬勲

中瀬 勲（なかせ いさお）

1948年生まれの日本の造園学者。農学博士の学位を持つ。専門は、造園学を基盤とした景観計画、公園・緑地の管理運営（パークマネジメント）、自然環境と共生する地域社会の創生（多自然居住地域のまちづくり）、そしてランドスケープの企画立案や設計に関する理論など、多岐にわたる分野を包括している。現在、兵庫県立人と自然の博物館館長および兵庫県立大学名誉教授として活動している。

大阪府高規市（現在の高槻市）の農家に生まれ、幼少期は森林や渓流に囲まれた環境で育った。自然との触れ合いの中で培われた感性は、後の学問的探求の礎となる。大阪府立大学農学部農業工学科を1970年に卒業後、同大学院農学研究科修士課程（緑地計画工学分野）に進み、1972年に修了。久保貞教授の指導の下で学び、その影響は研究者としての方向性を決定づけるものとなった。大学助手としてキャリアを開始し、この頃から機械やコンピュータ技術への強い関心を示し、特にコンピュータソフトウェアの開発においてその才能を発揮した。久保研究室での実践的な訓練を通して、研究対象を緑地計画だけでなく、観光レクリエーションや景観分野へと広げていった。

1976年にはカリフォルニア大学の客員研究員として渡米。海外での経験は、その後の研究活動に新たな視点をもたらした。帰国後、1980年に大阪府立大学講師、1986年には同大学助教授に昇任。約20年間にわたり、久保研究室で培われた研究手法に基づき、観光レクリエーション、景観、緑地計画といった領域に取り組み、特に場の理論や記号行動論をコンピュータ解析を用いて研究論文を多数発表した。また、カリフォルニア大学バークレー校で影響を受けたガレット・エクボやマイケル・ローリーといったランドスケープ研究者の著作の翻訳にも携わり、その思想を日本に紹介することにも貢献した。研究活動の傍ら、1980年には九州大学より農学博士の学位を取得している。

1990年、活動拠点を兵庫県に移し、兵庫県教育委員会事務局社会教育・文化財課主任指導主事や県立自然系博物館設立準備室主任指導主事を務めた。これは、後の兵庫県立人と自然の博物館設立に向けた重要な準備期間であった。1992年からは兵庫県立姫路工業大学自然・環境科学研究所教授に就任し、同時に兵庫県立人と自然の博物館環境計画研究部長を兼任。その後、兵庫県立大学への改組を経て、同大学自然・環境科学研究所および大学院の教授、緑環境景観マネジメント研究科長、さらには兵庫県立淡路景観園芸学校校長、兵庫県立丹波の森公苑公苑長など、教育・研究機関で要職を歴任した。

特に、兵庫県立人と自然の博物館（愛称：ひとはく）は、中瀬氏がその設立準備段階から深く関わり、現在の発展を支えてきた重要な活動の場である。環境計画研究部長を経て、副館長、そして館長として、約38名の研究員を擁するこの機関を牽引。歴代の知事や館長の思想・見識、そして県庁各部署との連携のもと、「開かれた博物館」「行動する博物館」という理念を実現するために尽力し、日本の博物館活動において特筆すべきモデルケースを築き上げた。

学術活動のみならず、その専門知識と経験を社会に還元するため、多岐にわたる公的活動や社会活動にも積極的に参画している。公益財団法人兵庫県園芸・公園協会、(財)丹波の森協会、(財)日本グランドワーク協会、(財)兵庫県高齢者生活創造協会、NPO法人地域再生研究センターなど、様々な団体の役員や評議員を務めた。学会においては、日本造園学会会長、人間・植物関係学会副会長、環境情報科学センター評議員などを歴任し、学術振興にも貢献。さらに、財務省独立行政法人評価委員、神戸市公園緑地審議会委員、兵庫県環境審議会委員、同都市計画地方審議会委員といった行政分野の要職も務めた。鳴門海峡の渦潮世界遺産学術調査検討委員会委員長として世界遺産登録に向けた学術的貢献、阪神グリーンネット事務局長、農・都共生サミットこうべ代表など、地域社会の課題解決や活性化にも深く関わっている。これらの活動は、造園学・景観計画の専門家が、学術界、教育界、行政、地域社会といった様々な領域で指導力を発揮し、社会貢献を行う稀有な事例と言える。

長年の功績に対し、1980年に日本造園学会賞、2006年に兵庫県科学賞、そして2019年には日本造園学会賞上原敬二賞が授与されている。

主要な著書・論文には、共訳著として『景観計画』（鹿島出版会、1977年）、『子どものための遊び環境』（鹿島出版会、1995年）などがある。共著には『山河計画『景』』（思考社、1985年）、『都市デザインの手法』（学芸出版社、1990年）、『緑空間のユニバーサル・デザイン』（鹿島出版会、1998年）など、多岐にわたるテーマの著作がある。また、共編著として『もり・人・まちづくり』（学芸出版社、1993年）、『みどりのコミュニティデザイン』（学芸出版社、2002年）、『地域創造へのアプローチ』（IBCコーポレーション、2003年）などがあり、教育・研究活動の成果を広く社会に発信している。

中瀬勲氏は、その生涯を通じて造園学、景観計画、そして人と自然の共生というテーマを追求し、教育、研究、そして広範な社会活動を通じて、日本の豊かな自然環境と都市空間の創造、そして地域社会の持続可能な発展に多大な貢献を果たしている。

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