九相図

九相図とは

九相図（くそうず）は、仏教における死体観を具現化した絵画であり、屋外に放置された死体が腐敗していく過程を九つの段階に分けて描いたものです。この絵画は、単なる死の描写ではなく、人間の肉体の無常さを悟り、執着を捨てるための修行「九相観」を視覚的に表現したものです。

九相図の構成

九相図は、一般的に以下の九つの場面で構成されています。

1. 脹相（ちょうそう）: 死体が腐敗ガスにより膨張する様子を描きます。
2. 壊相（えそう）: 皮膚が破れ、腐乱が始まる状態を示します。
3. 血塗相（けちずそう）: 腐敗が進み、血液や体液が体外に滲み出す様子を表します。
4. 膿爛相（のうらんそう）: 死体がさらに腐敗し、溶解していく状態を描きます。
5. 青瘀相（しょうおそう）: 死体の皮膚が青黒く変色する様子を示します。
6. 噉相（たんそう）: 死体に虫がわき、鳥獣によって食い荒らされる状態を表します。
7. 散相（さんそう）: 死体の各部位が散乱する様子を示します。
8. 骨相（こつそう）: 肉や皮が失われ、骨だけになった状態を描きます。
9. 焼相（しょうそう）: 骨が焼かれて灰だけになった状態、または埋葬された様子を示します。

作品によっては、これらの九つの場面に加えて、生前の姿を描いた場面が加えられ、計十場面で構成されることもあります。ただし、九相図の具体的な場面構成は作品によって異なり、九相観を説く経典によっても一定ではありません。

九相観の目的

九相図が示す死体の変貌を観想する「九相観」は、修行僧にとって重要な修行の一つです。この修行を通じて、現世の肉体は不浄であり、無常なものであるという認識を深め、悟りの妨げとなる煩悩を払い、執着を断ち切ることを目的としています。

九相図の歴史と現状

九相観の教えは、奈良時代には日本に伝わっていたと考えられています。現存する九相図の多くは、鎌倉時代から江戸時代にかけて製作されたものです。大陸においても、新疆ウイグル自治区やアフガニスタンで死屍観想図像が発見されており、中国では唐や南宋の時代に死屍観想の伝統が見られます。唐代には、九相図の壁画の存在を示唆する漢詩も残されています。

現在、九相図を鑑賞できる場所は限られており、特定の時期のみ公開されることが多いです。主な所蔵先としては、京都の安楽寺、西福寺、補陀落寺、滋賀県の聖衆来迎寺、九州国立博物館、河鍋暁斎記念美術館、西岸寺などが挙げられます。

主な現存する九相図

小野小町九相図: 住蓮山安楽寺（京都市）所蔵。
檀林皇后九相観: 桂光山西福寺（京都市）所蔵。
九相詩絵巻（小野小町九相図）: 如意山補陀落寺（小町寺）（京都市）所蔵。
人道不浄相図: 紫雲山聖衆来迎寺（滋賀県）所蔵。
九相詩絵巻: 九州国立博物館所蔵（鎌倉時代）。
九相詩絵巻: 九州国立博物館所蔵（文亀元年）。
九相図: 河鍋暁斎筆、河鍋暁斎記念美術館所蔵。
九相図: 浄土真宗本願寺派西岸寺（京都市伏見区）所蔵（江戸時代後期）。

九相図が伝えるもの

九相図は、死を通して生を見つめる視点を提供します。それは、人間の肉体が最終的には朽ち果てていくという現実を直視することで、生への過剰な執着から解放され、より深い精神的な境地へと導くことを目的としています。この絵画は、仏教の教えを視覚的に理解させ、無常観を育む上で重要な役割を果たしています。

九相図は、そのショッキングな描写から、現代においてはやや特殊な絵画として見られることもありますが、その根底には、人間の存在の本質を深く問い、生と死の意味を考えるという普遍的なテーマが込められています。

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