九鬼隆一

九鬼隆一：明治日本の官僚、政治家、そして美術行政のパイオニア

九鬼隆一（くきりゅういち、1852年9月12日 - 1931年8月18日）は、明治時代から昭和初期にかけて活躍した日本の官僚、政治家です。旧綾部藩士の出身で、男爵の称号を授与されています。幼名は貞次郎。戦国武将・九鬼嘉隆を先祖に持ち、「隆」の字は九鬼家当主に代々受け継がれる家名でした。

経歴：文部省から外交官へ、そして美術行政の道へ

九鬼隆一の生涯は、華々しく多岐に渡ります。兵庫県三田市出身で、慶應義塾で福澤諭吉の薫陶を受けました。その後、文部省に入省し、若くして文部少輔（現在の事務次官に相当）にまで昇進。その手腕は高く評価され、明治17年（1884年）には駐米特命全権公使に任命されます。

アメリカでの公使勤務後、帰国した九鬼隆一は、図書頭、臨時全国宝物取調委員長、宮中顧問官、帝国博物館総長などを歴任。特に美術行政に大きく貢献し、日本の美術文化の振興と保護に尽力しました。

貴族院議員、枢密顧問官を兼任するなど、政治面でも活躍。明治33年（1900年）に帝国博物館総長を退官後は、枢密顧問官として長年にわたり政府の要職にありました。大正4年（1914年）には、故郷に三田博物館を設立し、自身の美術コレクションを公開しました。この博物館は、日本の私立博物館の先駆けとなりました。

教育と改革：文部省での活躍と福澤諭吉との関係

文部省に勤務していた頃、九鬼隆一は教育改革にも深く関わりました。当時、莫大な予算が海外留学に費やされていたことに着目し、その費用を外国人教師の招聘に充てることを提言。留学生への説明と説得のため、自らヨーロッパに渡航するなど、改革に尽力しました。

師である福澤諭吉とは、教育政策の方向性において対立することもありました。福澤諭吉の文明開化主義的な考え方には反対し、伝統的な教育政策を支持したことで、二人の関係は一時的に緊張しました。しかし、最終的には和解しています。

美術行政への貢献：フェノロサ、岡倉天心との協働

九鬼隆一は、美術行政においても大きな足跡を残しました。フランス留学中に西洋美術に触れたことがきっかけで、美術への関心を深め、アーネスト・フェノロサや岡倉天心といった著名な美術研究者たちを支援しました。

フェノロサと岡倉天心は、九鬼隆一の支援を受けて日本各地の文化財調査を行い、その成果は日本の美術史研究に大きく貢献しました。帝国博物館の設立にも尽力し、初代総長に就任しました。古社寺保存法の制定にも携わるなど、日本の文化遺産保護に多大な貢献をしました。

総選挙への関与と政治的立場

九鬼隆一は政治にも関与し、明治25年（1892年）の第2回衆議院議員総選挙では、政府系候補の支援活動を行いました。この選挙では、激しい選挙干渉が行われましたが、九鬼隆一は比較的穏健な姿勢を貫きました。

私生活と晩年：家族、そして三田博物館

九鬼隆一の私生活は、波乱に富んでいました。妻・波津子との離婚や、岡倉天心との複雑な人間関係など、様々な出来事を経験しました。

晩年は、達磨の絵画を収集し、自らも絵を描くなど、美術への情熱を生涯貫きました。大正9年（1920年）には議定官に任命され、枢密顧問官と議定官を兼任したまま、昭和6年（1931年）に鎌倉で亡くなりました。

三田博物館は、九鬼隆一が収集した美術品を展示公開するため設立されました。地方の活性化にも貢献しました。

九鬼隆一の遺産：日本の近代化と文化遺産保護への貢献

九鬼隆一の生涯は、明治日本の近代化と文化遺産保護において重要な役割を果たしました。官僚、政治家、美術行政の担い手として、多方面で活躍した彼の功績は、今日でも高く評価されています。その複雑な人物像、功績、そして残された資料は、日本の近代史を理解する上で貴重なものです。

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