五感の寓意 (連作)

五感の寓意：ブリューゲルとルーベンスの共演

『五感の寓意』は、17世紀フランドルの画家ヤン・ブリューゲル（父）が風景や静物を、ピーテル・パウル・ルーベンスが人物を描いた、5枚からなる連作絵画です。ブリューゲルの卓越した描写力と、ルーベンスの官能的な人物表現が組み合わさり、バロック美術の傑作として高く評価されています。

連作の構成と象徴

この連作では、「視覚」「聴覚」「嗅覚」「味覚」「触覚」という五感が、それぞれ寓意的な女性像として表現されています。ルーベンスは、これらの寓意像を、キューピッドやサテュロスを伴った、美しく官能的な女性として描いています。一方、ブリューゲルは、それぞれの感覚を象徴する様々なモチーフを、精緻な筆致で描き出しています。

これらの絵画は、当時スペイン領ネーデルラント総督であったアルブレヒト・フォン・エスターライヒと、その妻イサベル・クララ・エウへニアの宮廷の栄華を想起させるものとして描かれました。連作の背景には、夫妻のマリモン宮殿が描かれており、連作自体が夫妻の委嘱によるものとする説も有力です。裸体に近い人物像の官能性は、当時の贅沢さへの憧憬を反映していると考えられています。

個別の絵画

視覚

『視覚』では、ウェヌスが、絵画、彫刻、科学機器など、様々な品々が置かれた部屋にいます。キューピッドはウェヌスに、イエス・キリストによる盲人の治癒を表す絵画を見せています。この絵には、ラファエロの『聖チェチリアの法悦』の複製や、アルブレヒト大公夫妻の肖像画、夫妻のマリモン宮殿、ハプスブルク家の双頭の鷲が描かれており、権威と知性を象徴しています。

聴覚

『聴覚』では、ウェヌスがリュートを奏でています。周りには様々な楽器や時計があり、音楽が流れる空間を表現しています。牡鹿は「聴覚」を象徴し、音楽に聴き入っている様子が描かれています。部屋を飾る絵画には、「ムーサイたちの合奏」や「猛獣を音楽で宥めるオルフェウス」など、音楽をテーマにしたものが描かれています。

嗅覚

『嗅覚』では、ウェヌスが、様々な花が咲き乱れる庭園に座っています。この庭園は、フランドル人の花への愛好を象徴しています。花の芳香は猫の悪臭に勝り、犬の鋭い鼻も猫の悪臭に気づかないという対比も描かれています。香水瓶や、様々な種類の花々が、嗅覚の多様性を表現しています。

味覚

『味覚』では、ニンフが、宴会のご馳走で満たされた食卓に座り、牡蠣を食べています。サテュロスは彼女のグラスにワインを注いでいます。この異教的な場面は、豊穣と富裕さへの愛好を示しています。背景の絵画は、道徳的な意味合いを持ち、「キュベレーへの捧げもの」、「食材豊富な台所」、「カナの婚宴」が描かれています。サルが果物を盗み食いする様子も、「味覚」を象徴しています。

触覚

『触覚』では、ウェヌスとキューピッドが、身体的接触によって触覚を表現しています。背景には、鍛冶場で大砲を鍛造する職人たちの姿が描かれており、金属を扱う行為が触覚を連想させます。鷹が獲物を掴む様子や、サソリ、カメ、歯を抜くための医療器具なども、「触覚」を象徴しています。

歴史と所蔵

この連作は、当初、ヴォルガング・ヴィルヘルムプファルツ＝ノイブルク公が所有していましたが、後にフェルナンド・デ・アウストリア枢機卿に贈られました。フェルナンドは、この連作を兄のフェリペ4世に献上し、1636年に旧マドリード王宮の読書室に飾られました。その後、いくつかのマドリードの王宮を経て、1819年の開館時からプラド美術館に所蔵されています。

『五感の寓意』は、ブリューゲルとルーベンスという二人の巨匠の才能が結集した、まさに傑作と言えるでしょう。それぞれの絵画に込められた象徴や物語を読み解きながら、その美しさを堪能してください。

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